|
終・そして彼らは先を向き 郵便屋の自転車の音がして、ティーディードは玄関に出た。ちょうど郵便が郵便受けに入れられる。 「毎日、お疲れ様です」 「はいはーい。今日も暇だねーお兄さんは」 「え、ええ。まぁ」 挨拶をすれば無駄に黒い台詞をかけられて、ティーディードは曖昧に返事する。その間にも郵便屋は遠ざかっていった。 言われた言葉を心に突き刺しつつも郵便受けから手紙を取ってアパートの中へ引っ込む。 「あ、サンジェからだ」 送り主を見て、顔が緩んだ。ティーディードはうきうきと椅子に腰掛け、手紙を眺める。 クルレイが選んだのかずいぶんシンプルな封筒だ。ペーパーナイフで封を切る。 こんにちはテディ! 元気? あたしは元気だよ! 始まりはそんな書き出しだった。 サンジェニュアルの声が脳裏に鮮明に浮かび、ティーディードは微笑む。 「そういえば、あれから三ヶ月経ったんだよな……」 ずいぶん時間の流れが速い。 ティーディードは懐かしく思いながら手紙の続きを読んだ。 あたしとクルは元気にドラキュラ続けてるの。シスターにチオがいなくなったことを話すときはすっごく緊張したけど、シスターは笑って「そうですか」だって。やっぱり大人だよね。 チオいないんだって言ったら子ども達が泣いちゃった。あたしもつられて泣いちゃったよ。我慢したほうがよかったかな。 でね! 納得いかないのがセミィ! あのクルと知り合いらしいおばさんなんだけど、なんだか知らないけど家に居座っちゃったよ。警察は? って聞いたらやめたってさ。で、勝手にドラキュラ入ったの。逃走通路とかコネとか使って楽に仕事できるわよぉってむかつく! 毎日クルに言い寄ってるし。クル困ってるのにさ。ホント、むかつくおばさん! まあ、ラディエルのことがわかったのは良いけどね。セミィ経由で。 ラディエル結婚するんだって。この間の依頼人のピオさんと。結婚式にチオ呼びたいって手紙が来たけど、場所わからないから、わからないって連絡しといた。あと、ラディエル出世して王都行くんだって! これで仕事も楽になるかなぁ。 チオから手紙も届いたんだ。テディのところにももう届いてる? あんまり頻繁に会えないけど、今度会おうね! 返事も待ってるよ。 テディのこの頃のことを書いてくれると嬉しいな。仕事はどう? また、手紙書くね。 「……懐かしいな」 ここ三ヶ月は早かったが、サンジェニュアル達との生活はもっと早かった。あっという間に過ぎ去ってしまった貴重な時間。 ピスタチオがいなくなって、ティーディードはドラキュラを辞めた。サンジェニュアルのサポートをするには実力がないと思ったからだ。そして、シスターに頼んで仕事を見つけ、今はその給料でアパートに住んでいる。 住んでいるのはラエルラだが、サンジェニュアル達のところからは大分離れている。会いに行くには簡単にいけない距離だ。 それは甘えを捨てるためだし、事実ティーディードはコツコツと仕事をこなしている。時間帯が昼からなだけで、今日も仕事だ。 前仕事していたときよりも、度胸がついた気がした。ピスタチオ達に会ったからかもしれない。 サンジェニュアルからの手紙を元の通り折りたたんで封筒へ戻す。次の封筒を手に取り、裏返した。ピスタチオからだ。 住所が変わったんだな。ずいぶん探した。 ティドが仕事を始めたのは少し意外だった。ドラキュラを続けると思ってたから。あ、かといって責めるわけじゃないぞ。ただ、皆変わるんだなと思っただけだ。 オレは元気に旅してる。今いる場所は秘密だ。ちょこちょこ移動するから、返事はいらない。というか、オレのとこまで届かないだろうから送るなよ。 どうしても返事を出したかったらポストじゃなくてオレのお気に入りの高台から飛ばせ。もしかしたら届くかもな。 じゃあな。 元気らしいとティーディードは安堵する。 大切に封筒へ戻して二つの手紙を引き出しへ──と、違和感を感じて手を止めた。 ピスタチオの手紙を持ったまま封筒の表と裏を見る。 「あれ……消印がない」 名前と住所は書かれていて、切手も貼られているが消印がない。 ティーディードは首をひねった。 「まさか、ラエルラにいる? そんなわけないか。旅に出たんだし」 結局消印の謎は解けないまま手紙を引き出しへ放り込む。それから、ぽんと手を打つ。 「そうだ。仕事行く前に本屋に寄らないと。早めに家を出て……」 手早くカバンを持って、コートを羽織る。茶色いコートだ。 家を出れば風が駆け抜けていった。ぶるりとティーディードは体を震わせる。 もうすぐ冬だ。これからだんだん寒くなる。 ティーディードはしっかりコートの前を合わせて、歩き出した。 坂を上って四人で星を見た高台へ出る。ここを通るのが職場への近道だった。坂を上るのはきついが、上りきってしまえば後は下り坂、高台を通ったほうが早い。 「お気に入りの高台から飛ばせ……か」 手紙の内容を思い出す。返事を出そうと思ったら本当にここから飛ばすのも良いかもしれない。 人に拾われたらとんでもなく恥じをかくだろうが。 引き寄せられるようにティーディードは落下防止の手すりへ近づく。 昼間だけあって高台から景色を見ている人はまばらで、子どもが一人、遠くで景色を見ているだけだった。 相変わらずいい景色。町を見下ろすことが出来、顔を上げれば空だ。 「さて、行くか」 ティーディードは伸びをすると坂へ向かう。この坂を下りて職場を少し通り過ぎれば本屋だ。そこで本を買って、戻って出勤すればいい。 道順を考えながら、帰るころには星空が見事だろうと思う。 今日は帰り道に立ち止まって星空を見ようと頭に止めた。 一気に坂道を駆け下りていく。 ◇ ◇ ◇ 子供は町を見ていた。一人の青年が通りがけに景色を見ていったが、もういない。 ふいに子供は顔を上げた。 青年が消えた方向とは逆の道から、金髪の男が歩いてくる。 どうしようもなく人をひきつける彼も、ひきつけるべき人がいなければ注目もされないのだろう。悠長にてくてくと歩いていた。 子供は青の瞳で男を見る。 男は子供の前で足を止めた。子供の茶髪の頭をなでる。 「行くぞ、ピスタ」 「わかってるよ」 子供は笑う。それに対して男は少し目を細めた。切なげに見える。 「戻りたいか」 「平気。皆のこと、忘れなきゃいいもん」 男が微笑む。 子供は─ピスタチオだという人間だった子供はその場で体ごと男に振り返った。 満面の笑みを浮かべる。 「あんたのこと、手助けできるのはオレだけでしょう?」 そうだな。と男が頷いた。 ゆっくりと男が歩き出し、その後を子供が追う。 しばらく二人は歩いていたが、やがてその姿は掻き消えた。 残るは淡い彼らの情景のみ。 [END] |