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漆・始まりの音 夜の闇の中、屋根の上を走る影。 影は身軽に屋根から屋根へと飛び移り、やがて一つの屋根の上に降り立った。 背筋を伸ばし、その屋根からちょうど道を挟んで向かいにある巨大な屋敷を見据える。 その時、真下から光が影に当たった。そこには警官が懐中電灯を持って立っている。 黒いコートを着込み、フードを深くかぶった影はすばやく屋根を蹴って隣の屋根へと移動する。 警官が影を追いかけながら叫んだ。 「ドラキュラが出たぞー!」 その声に周辺を歩いていた警官も声の方向へと走り出す。 ドラキュラが屋根の上を駆け、警官が追っていく。さらに後ろから上下共に黒でそろえ、帽子をかぶった人影が追う。 ドラキュラを追跡している彼らが追われていることと、だんだんと屋敷が遠くなることに警官達は気づかない。 屋敷の周りを見回っていた警官が、仲間の数が減ったことに首をかしげた。 ドラキュラが出たのは屋敷の正面で、彼が回っていたのが屋敷の裏だったために声が届かなかったようだ。 「あれ?」 彼は一人取り残されたことにも気づかずに辺りをきょろと見回す。 その背後に音もなく人影が降り立ち、次の瞬間っ! 鈍い音がして警官が地に伏した。 人影は手際よく警官の服を脱がせ、自分の服と取り替える。あっという間に警官はドラキュラの姿に変わっていた。 ピスタチオが警官の服を着ているように。 「ピスタチオ!」 走ってきたティーディードがピスタチオと合流する。 警官の服に身を包んだピスタチオは帽子のつばを掴んでかぶり、ティーディードを見た。そして笑みを浮かべる。 「成功」 「よかった……。じゃあぼくはこの人を隠してきますね」 ティーディードは横たわっているドラキュラ姿の警官の脇に手を入れて持ち上げた。 かすかに騒ぎの音が聞こえて遠くへ視線を飛ばす。 「サンジェとクル、大丈夫でしょうか。ほとんどの警官がそっちに行ってしまって……」 「サンジェは身軽だし、クルがサポートするから大丈夫だ。ティドこそ見つからないように気をつけろよ」 「それはピスタチオにぼくが言うことです。あなたが一番危険なんですよ。警官ならまだしも、ラディエルに会ってしまったら……」 「わかってるって。気をつけるよ。じゃ合流場所で」 ピスタチオが手を上げた。ティーディードもではと短く言い、警官を引きずりつつも路地裏へと消えていく。 一人になったピスタチオは柵越しに屋敷を見た。 ごくりとつばを飲んで、帽子を再び深くかぶりなおす。 「行きますか」 ピスタチオは気軽に足を進める。少し歩いた茂みのところでかがんで、茂みをかき分けた。 茂みに隠れていた柵の部分があらわになる。柵はそこだけ曲り、人が一人入れるぐらいの穴があった。 迷いもせずピスタチオはそこの穴を通って敷地内へ入る。再び茂みをかき分け、誰も来ないことを確認して庭に出た。 服についた葉を払い、まっすぐ背筋を伸ばし歩き出す。 出会った警官は軽く会釈すれば問題なくすれ違った。それとなく屋敷の裏へ回り、裏口から中へ入る。 屋敷の中は思った以上に人が手薄だった。警官どころか使用人すら出会わずに進む。 十数年ぶりの我が家は変わっておらず、ピスタチオは自然に足を動かして上へ向かった。階段を上り、廊下を歩く。 と。 一つのドアの前でピスタチオは足を止めた。 ドアには“ピスタチオ”と書かれたプレートが掛かっている。 「……」 しばしそのプレートを見ていたピスタチオだったが、やがてプレートから目を逸らし歩き出した。階段をまた上がる。 階段を上りきると、ピスタチオは迷わず右へ曲った。 少し歩けばドアが現れる。 ピスタチオはドアノブに手を伸ばし──掴んだまま静止した。 わずかに目を細める。ドアノブを掴んだ手をきつく握る。 浅く息を吐き出してドアノブをまわした。ガチャリと音をたててドアを開く。 ドアを開けるとそこは整えられた部屋だった。茶系統の色でまとめられた家具に、鈍い青の花瓶だけが浮いている。ベッドには天幕があり、部屋の明かりは淡い。 「誰……?」 かすかに声がした。ベッドに横たわっていたらしい部屋の主が上半身を起こす。 肩に流されたまま、とかれていない濃い紫の髪に病的な白い肌。白い肌に青の瞳が映えている。頬はこけて、上半身の体のラインも細い。 彼女は虚ろな瞳でピスタチオを捉えた。淡い桃色の唇がわずかに動く。 「何の用でしょう。何か……ありましたか?」 薄く笑みを浮かべる彼女を、ピスタチオはただ呆然と見ていた。 昔の記憶と違いすぎる。 昔の彼女は濃い紫の髪を優雅に流し、肌は白いが頬がほんのりと紅が入り、スタイルがよく、化粧もばっちりしていて綺麗だった。美しい、と人によっては言うぐらいには。 それが今は肉が削げ落ち、肌は青白く瞳には力がない。 「あの……?」 母に力なく声をかけられてピスタチオは我に返る。茫然自失になっている場合ではないのだ。 後ろ手でドアを閉め、唇を弧に歪めた。帽子を取らずに手を胸に当て、礼をする。 「迎えに来た。依頼人、ピオ・リハザーテで間違いないな」 母─ピオがわずかに目を見開く。 「ドラキュラ……。やっと。やっと私はここから出られるのね……」 ピオの表情が歪み、青い瞳から涙がこぼれた。ベッドから出ようと床に足をつけて──がくりとその場にしゃがみこむ。 ピスタチオはとっさに近づこうとした衝動を抑えた。ゆっくりと歩み寄って片手を差し出す。 ピオがピスタチオの出した手に白い手を重ねた。ずいぶんと細い。 支えてピオを立たせようとしたピスタチオだったが、続けてピオがもう片方の手で腕を掴み、体制を崩す。 「お願い。ここから私を連れ出して……。これ以上ここには居られない」 ピオはがくがくと震えている。すがりつく白い手と瞳に怖ろしさを感じてピスタチオは息を呑んだ。 「皆が私と責める……。なんて軽率な真似を。なんて酷い言葉を、と。彼も責める。私は、彼に責められたら生きていられない。何より……あの子が。あの子が責めるわ。何でぼくを落としたの? 何でぼくを殺したのって……。ここに居たらあの子がまた帰ってくる!」 叫びはほとんど悲鳴だった。手の力が強められる。 切実なピオの願いに、しかしピスタチオは動けなかった。 ピオが恐れているのは他ならぬ自分自身だからだ。下から覗き込んでいるピオにはピスタチオの顔も見えているはずなのに、目の前に居るのが自らの子供なのだと気づいていない。 「血にまみれたであの子は帰ってきた……。追い返したけど、また帰ってくるに決まってる。お願い! 早く! 早くここから私を出してぇえええええっ!!!」 「母さんっ!!」 音を立ててドアが開かれ、ピオの手が力なく床に落ちた。青い瞳が最大限まで見開かれ、今部屋に入ってきた人物を見た。 「いやぁ。見ないで……。私を責めないで……。私はあなたに愛して欲しかっただけよ。そんな目で、私を。私を見ないでっ!!」 手近にあった花瓶をピオが投げようと持ち上げる。入ってきた人物がすばやくピスタチオの横を通過して、振り上げられた白い腕を掴んだ。 水音と共に、彼に水と花がかけられる。ピオが体を固めた。 “彼”は穏やかな笑みを浮かべる。 「大丈夫です。これぐらい……。落ち着いてください母さん。私は……あなたを責めていません」 「……でも」 「さ、ベッドに座ってください。立っているのも辛いでしょう? 私は彼と話があります」 彼に導かれて、ピオはおとなしくベッドに腰掛けた。 髪から水を滴らせながら、彼がピスタチオに向き直る。 「やあ、ドラキュラ。君にこんなところで逢うなんて思いもしなかったよ」 彼は──ラディエルはそう言って、青の瞳を愉快そうに細めた。 「ラディエル」 「ピオ・リハザーテは私の義母でね。簡単に連れ去られるわけにはいかないんだ」 「……望んだのは依頼人だ」 「それでも」 二人の間に火花が散る。 ラディエルは濡れた金髪に指を絡めた。フフと笑う。 「水も滴るいい男。どうです? 母さん」 「ええ」 ラディエルの言葉に、ピオが愛しそうに、だが力なく微笑んだ。 そのようすにピスタチオは息を吐き、静かにラディエルを見据える。 「ラディエル、聞きたいことがある。依頼人に何があった?」 「何って?」 「オレが前見たときは結構美人だった─盗み見ただけだけどさ。なのに、何でこんなに病的な色気を出してるのかって聞いてるんだ。興味が沸いてな」 「おやおや。かの有名なドラキュラも母さんの魅力にやられてしまったらしいですよ? 罪な人だ」 ラディエルがピオに言葉を投げた。ピオは戸惑ったようにピスタチオを見る。 「君がおとなしく捕まるというのなら、母さんの秘密を話してあげよう」 「なら話さなくていい。どうせ、ラディエルの性格の悪さに参ったんだろ」 「失礼だね。私と母さんは本当の親子以上に親子しているよ」 「それが悪いんだろーが」 にっこり笑ったラディエルに、ピスタチオが吐き捨てた。 ラディエルとピオから笑みが消える。 「依頼人はお前に“愛”してほしいんだろ。親子じゃなくて恋人として」 ラディエルがピスタチオの胸倉を掴んだ。対照的にピスタチオは笑みを浮かべた。 「今すぐこの口、塞ごうか?」 「切れるところ見ると、ラディエルも知ってるんだ。へー。たちわりぃ」 「黙れ」 「依頼人もかわいそうにな。義理の息子を愛するなんて」 「黙れ!!」 ラディエルが叫んで、ピスタチオが言葉を止める。すぅと笑みが引いて、ラディエルを睨む。 「知ってるならなんで答えないんだ。お前は」 「っ」 ラディエルが言葉に詰まった。 ピスタチオはラディエルの手を乱暴に外す。 「答えればいいだろ。親としか見れないって。そう言えばいい! それで終わる。それを先延ばしにしてるから、結果として依頼人はこんなになった。違うか!?」 「……」 「お前は逃げてるだけだ。親としか見れないって言うことは出来ないくせに、受け入れるのが怖いだけだろ。本当は……本当は好きなくせに!!」 「うるさい! 君に何がわかる!」 「わかるさ。見てたら十分わかる! お前が依頼人のこと好きだって、そんなこと簡単にわかる!!」 「黙れぇっ!!」 ラディエルの顔が朱に染まったとほぼ同時に、ラディエルの手が出ていた。 音がして帽子が空に飛ぶ。 殴られたピスタチオはラディエルを睨んだ。一気に頭に血が上る。 「何すんだよ! 人のこと考えすぎる馬鹿の癖に! 依頼人のこと考えすぎて返事も出来ずに固まって、そのくせ居なくなった義弟探して警官になるぐらい簡単にする馬鹿の癖に!」 「なっ」 「知ってるんだぞ。化け物って呼ばれた義弟を心配してることぐらい。あからさま過ぎてわかるなってほうが無理なんだからな! 性格悪くしてるつもりでも、ぜんっぜん変わってねぇの。自分だけ恨まれようって魂胆なら乗らないからな!」 そういえば、まっすぐ目を見て話すのは久しぶりだと気づく。フードやら帽子やらで目を隠してばかりだったから。 「怪我させないように努力してるし、爺さんに頼んで罪にならないようにするし。兄さんはどこまでいっても兄さんで……ホント、恨む気なくすだろーが」 ピスタチオがうつむいて、部屋に静寂が下りる。 「ピスタチオ……?」 小さくつぶやかれた声はその静寂の中によく響いた。 顔を上げてみれば、母がピスタチオをまっすぐ見ている。ピスタチオは首を振った。 「恨むわけない。母さんも兄さんも、恨むわけない。オレは自分の意思で家を出ただけだから。家出しただけだ。ここに帰ってこなかったのは、怖かったからだ。また拒まれたらって……。ラディエルが、兄さんがオレを追ってくれて、うざかったけど嬉しかった。連れ帰ろうとしてくれてるのはわかってたから」 ラディエルを見れば、彼はまっすぐピスタチオを見ていた。目に涙を溜めて見ている当たり、昔から変わっていない。 「オレはここには戻らない。だから、兄さん」 「何?」 ピスタチオはにっこり笑う。 「母さんに告白しろよ」 ピキ、とラディエルが固まった。告白という言葉にピオがほんのり顔を染める。 「い、いや。それは……」 「オレの母さんだとか遠慮するな。さっさと告白しろ。見てるこっちがじれったい」 「だけどやっぱり私は」 「『私は』じゃない! さっさと言えっ。それともこの部屋に二人っきりで閉じ込めてやろうか?」 「それはちょっと……」 「理性持たないって言うならさっさと告白しろ!! ホントに閉じ込めるぞ!」 ピスタチオがラディエルを力づくでピオの前まで押し出した。 まともにピオと顔を合わせたラディエルは顔を赤くする。 だが頬を染めて見上げてくるピオを見て、しどろもどろながらも口を動かした。 「こっ。これからは……母さんではなくて、ピオ、って呼んでも良いですか?」 ピオは黙って頷き、右手を差し出す。ラディエルはその手を取った。 それを見て、ピスタチオはハァとため息を吐く。 「ようやくくっ付いた……。まったく、トロイんだよ母さんも、兄さんも! ま、これで家も安泰。オレ、帰るわ」 「「え」」 あっさりとしたピスタチオの発言に、ラディエルとピオが手を取り合ったままピスタチオを見る。 「だって、ここに居たら捕まるだろ。それにオレ、ピスタチオ・リハザーテじゃなくて、ピスタチオ・ガナラムだから」 ニッと笑ったピスタチオは窓際へ寄った。両手で窓を開け放つ。心地よい夜風が部屋の中に舞い込んだ。 「お幸せに」 手を一振りするとそのまま窓から飛び降りる。思わずラディエルが窓際へ駆け寄った。もうピスタチオの姿はない。 その横につたない足取りでピオも並ぶ。 ラディエルはピオの小さい肩を引き寄せた。 「ああ。幸せになってあげるさ」 ラディエルよりいくらか小さいピオに目を落とすと、ピオと目が合った。二人で笑いあう。 「さて、警官に追いかけなくて良いって連絡してこないと。ここで待っていて。ピオ」 窓を閉じながら、ラディエルが言った。ピオをベッドに寝かせてキスをする。 そして彼は慌しく部屋を出て行った。 残されたピオは目を閉じて掛け布団を引き上げる。 夢に落ちていく中、優しく愛しい子供の幸せを願った。 ◇ ◇ ◇ バチリと火花を散らして、セミィとクルレイが睨みあっている。 クルレイの後ろにはサンジェニュアルがいるが、セミィの周りには誰もいない。 「夜の路地に一人残るとはご苦労なことだな」 「私はあなたがいるのなら、どこへだって残るわよ」 「他の警官はもう帰ったぞ。捜査中止だそうだ」 「そんなの関係ないわ」 セミィが艶やかな黒髪をかき上げる。その手の甲には切り傷があった。対し、クルレイも頬に傷を負っている。 「そこのお嬢さんがそんなに大事?」 セミィが銃口をサンジェニュアルに向け、その間にクルレイが割り込んだ。 「お嬢さん? なんのことだ」 「コートを着ていてもわかるわ。女の子でしょう? いいわね。クルレイに守られて」 サンジェニュアルがセミィを睨み、下がろうとするが背後は壁。横も壁に囲まれて、逃げ場はない。 「にしても今日はついてるわぁ。二回もクルレイに会えるな・ん・て」 「二回!? 二回ってどういうことよクル!」 「サンジェニュアルは黙ってろ!!」 思わず声を張り上げたサンジェニュアルをクルレイが制する。 セミィが唇を歪めた。 「あら。あだ名で呼んじゃってなれなれしい子ねぇ。子供のくせに嫉妬?」 「何よ! おばさんなんかババアじゃない!」 「あーら。今すぐ撃ち殺してあげようかしら」 「撃たれる前に君なんか殴ってやるんだから! どうせ動きだって老化でトロくなってるんでしょー」 「撃ってやる!」 「やれば!!」 「二人ともやめろ!!!」 言い合いをはじめた二人にクルレイが叫ぶ。二人とも本当に乱闘を始めそうで、必死に止める。 サンジェニュアルも心配だが、個人的にセミィがボロボロになるところも見たくない。 クルレイが止めるものの、二人は言い合いを続け……しかもどんどんエスカレートしていく。 クルレイはため息を吐いた。 と、その時。 セミィの背後からコロコロと丸いものが転がってきた。思わず目で追う三人。 正体に気づいたクルレイがサンジェニュアルの手を後ろ手に掴んだ。 途端丸いボールのようなものから白い煙が噴出す。 「きゃっ」 煙はセミィに直撃し、セミィがしりもちをついた。 その横をクルレイとサンジェニュアルが通過する。 「クル! サンジェ! こっちです!」 煙を抜けた先にはティーディードが立っていた。クルレイがサンジェニュアルの手を離し、三人で併走する。 「テディ! 助かったよ。ありがとー」 「ああ、助かった」 「い、いえ、間に合ってよかったです。さ、ピスタチオと合流しましょう」 走り去る三人のはるか背後で白煙が途切れた。 セミィが咳き込みながらも、逃げる三人の背中を見る。 「逃げるなー! 待てーーー!!」 叫びは夜の路地にむなしく響いた。 ◇ ◇ ◇ 三人が坂を上りきると、ピスタチオが高台から空を見上げていた。同じように見上げると満天の星空で、感嘆するようにティーディードが息を吐き出す。 クルレイはタバコに火をつけ、サンジェニュアルはすごいねぇと素直に感心していた。 タバコの煙を吐き出しクルレイが一服し終わったころ、ピスタチオが三人に向き直る。 「お疲れ」 「チオも。で、依頼人は?」 「ダメだった。ラディエルに見つかってさ。まぁ……依頼人も依頼を取り下げるっぽかったから良いけど」 失敗したと告げるピスタチオの表情は晴れやかだ。サンジェニュアルもつい笑顔になる。 「そっか」 風が流れて、木々を揺らしていく。 眼下の町の明かりと頭上の満天の星空がキラキラ光った。 「でさ」 ピスタチオがぽつりと切り出す。 「オレ、旅にでようと思うんだ」 「「え」」 「……理由は?」 唐突な言い出しに、サンジェニュアルとティーディードが声を上げ、クルレイだけが冷静に聞き返した。 冷静に聞き返されてピスタチオは目をしばたく。 「クル、やけに冷静だな」 「そんな気がしていた。この依頼を受けると言い出したときから」 「そう……。理由はさ。オレがあんまり死なないから。怖くなっちゃったんだよな。何されても死なないし。やっぱり、この不死の秘密が知りたいんだ」 ピスタチオが星空を見上げた。 「どこかに、不死の理由がわからないかなって」 「あたしも一緒に行っちゃダメなの?」 「一人で行きたいんだ」 「……そっか」 サンジェニュアルが淡く笑う。ピスタチオはティーディードに目線を移し──苦笑した。 ティーディードは目に涙をいっぱい溜めて、今にも泣き出しそうだった。 「悪いな。せっかく助けになるって言ってくれたのに」 「い、いえ。それは良いんです! ピスタチオが旅に出たいっていうなら、それで! でも……」 「でも?」 「また、会えますか?」 まっすぐに言われたティーディードの言葉にピスタチオは息を呑む。だが、すぐに笑った。 「わからない。もしかしたら途中で不死じゃなくなって死ぬかもしれないし、怖気づいてすぐにかえってくるかも」 「そんなっ」 「手紙出すから。元気だぞって。それで我慢してくれ」 苦笑するピスタチオに、ティーディードは言いかけた言葉を飲み込んだ。 困らせたくないからとボロボロと涙を流しながらも頷く。 クルレイが歩き出して、続いて三人も後を追う。途中からティーディードにつられてサンジェニュアルも泣き出した。 家についてすぐに二人はソファーで眠ってしまって……クルレイとピスタチオも部屋に引っ込む。 やがて、ピスタチオが静かに部屋から出てきた。手に荷物はないが、紙切れを一枚持っている。 その紙切れを静かにテーブルの上においた。 それから眠っている二人を見る。 「忘れるより、ずっといいから」 小さくそう呟いて、かすかに口の端を持ち上げた。そのままドアへ向かう。 「ピスタチオ」 声がしてピスタチオが立ち止まった。見なくてもわかる。この声はクルレイだ。 いつの間にか部屋から出てきていたクルレイがピスタチオの後方に立っている。 ピスタチオは振り返らずに声を出した。 「何?」 「……後のことは任せろ」 ぶっきらぼうに発せられた言葉に、心臓をわしづかみにされる。思わず体ごと振り返っていた。 見ればクルレイは相変わらず冷静な顔で。対照的に自分は酷くあせっているだろうとピスタチオは思った。 「戻ってくるつもりはないんだろう? それか、戻れないほうが正しいか」 「何で」 「それぐらいわかる。何年一緒に仕事したと思ってる」 クルレイは呆れたように息を吐く。それから苦笑した。指でティーディードとサンジェニュアルのことを示す。 「こいつらのことぐらい、任せとけ。お前は自分のことに集中しろ。ここを去らなければならない理由があるんだろう?」 「クル……」 「安心しろ。俺はお前を忘れない。こいつらも、お前の家族も。お前のことを忘れない。ピスタチオ・ガナラムがここに居たということを忘れない。だから、安心して出発しろ」 クルレイの言葉をピスタチオは黙って聞いて──笑んだ。 「ありがとな」 そう言ってピスタチオは家を出て行った。クルレイは黙ってそれを見送った。 ピスタチオの姿が見えなくなって、クルレイは部屋へと戻る。 ばたんと扉が閉まり、残ったのは眠っているティーディードとサンジェニュアルと、置かれた紙切れ。 “行ってきます” と、紙切れには書かれていた。 帰ってくることはないだろうけれど──。 |