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  弐・再就職?


「おーい。ティド。教会行くぞー」
 そうピスタチオに声をかけられたのは次の日の昼だった。今日は日曜日。どうやらドラキュラも礼拝に行くらしいとティーディードは思う。
「は、はい」
 返事をして飛び出せば、クルレイもサンジェニュアルもすでに外にいて、そのまま徒歩で移動することになった。歩いた時間は約五分。
 徒歩五分と近いところにその教会は建っていた。
 比較的広い庭があり、花が綺麗に咲いている。シスターが洗濯物を干していて、子どもたちがその周りで無邪気に遊んでいた。
 子どもの一人がティーディード達に気づく。途端に目が輝き、こちらへ向かって走り出した。
 ちょうど教会の敷地内に入ったピスタチオに抱きつく。
「ぴすたちおぉ!」
 笑顔で抱きついた子どもを皮切りに、遊んでいた子どもが一斉にピスタチオに駆け寄る。
「ぴすたちおだぁ」
「ピスタチオー久しぶりー」
「ぴすたちおー!」
「ぴつたておう〜」
 あっという間に子どもに囲まれたピスタチオはこちらも満面の笑みで子ども達の頭をなでた。
「みんな、久しぶり。元気そうだな!」
 その光景をティーディードは唖然と見た。クルレイはいつものことらしく興味も見せずにタバコを吹かす。
 サンジェニュアルはといえば、残った子ども達と早速遊び始めていた。その遊びにピスタチオと仲間たちも加わって鬼ごっこなど始めている。
 しばらく様子を見ていたティーディードだったが、洗濯物を干していたシスターがこちらへ歩いてくるのを見て我に返った。
 戸惑ったようにあたりを見渡して、クルレイで目を留める。
 じっと見つめられたクルレイはため息を吐いてタバコを携帯灰皿に入れた。
「シスターお久しぶりです」
 歩いてきたシスターにクルレイが先立って挨拶をする。
 すると年老いたシスターは穏やかな微笑で挨拶を返した。
「こちらこそ。お久しぶりです、ミスターラバード。子ども達も大喜びですわ」
「ああ」
「ところで、ミスターラバード。そちらの方にわたくしをご紹介していただけませんか?」
「よろこんで」
 クルレイは軽く微笑み返した。
「ティーディード。こちらはシスターガナラム。ここの教会のシスターをしている」
「は、はじめまして。シスターガナラム。ティーディード・ベーアです」
「よろしくお願いします。ミスターベーア」
「は、はい…」
 礼儀正しく挨拶されながらも、自分の名前にミスターをつけられるとどうもクマさんと呼ばれているような気がしてならないティーディードである。
 そして実は名前を覚えるのが苦手なティーディード。昨日と今日で四人覚える羽目になり、頭の中でシスターの苗字を繰り返す。
 ガナラム。ガナラム。ガナラム。ガナラム。
 クルレイ・ラバードに、サンジェニュアル・リースにー、ピスタチオ・ガナラムに。シスターガナラム。
 繰り返したところであれ? と気づいた。
「ピスタチオと同じ苗字ですか…?」
「ええ。ここは身寄りの無い子どもを引き取って育てているのです。ピスタチオもその一人でした」
「はー、そうだったんですか」
 感心しながら、ピスタチオに目をやると実に楽しそうに笑っている。ここは家なのだから当たり前だろう。つまり、ピスタチオと遊んでいる子ども達はピスタチオの弟や妹ということワケで。
(兄弟多いな〜。ぼく一人っ子だしな)
 そんな感心をせずにはいられないティーディードであった。まる。
 のほほんとピスタチオ達を見ていた三人だったが、やがてクルレイが小さな─それでいて真剣な声でシスターに言う。
「そろそろ本題に入ろうか。シスターガナラム」
「ええ。そうですね」
 シスターもにこやかな顔で同意する。それからクルレイとシスターは教会の扉へと歩き出した。
 途中でクルレイが立ち止まり、遊んでいるピスタチオを呼ぶ。
「ピスタチオ!」
 一言呼べば、何で呼ばれたのか分かったらしく、ピスタチオはすぐにこちらへ走ってくる。サンジェニュアルと子ども達が行ってらっしゃいと手を振っていた。
 訳が分からないティーディードは身動きせずに突っ立っていたが…ぎろりとクルレイに睨まれて扉へと駆け寄った。
 シスター、クルレイ、ピスタチオ、ティーディードの順で中へ入る。
 教会の中はがら空きだった。沢山並べられている長椅子には誰も座っておらず、まっすぐ先には大きな十字架とパイプオルガンが見える。
 中へと入った四人は、先頭のシスターに連れられてさらに奥へ向かった。
「サンジェは良いんですか? あと、今日礼拝は…?」
 ティーディードが前を歩くピスタチオに小声で尋ねる。ピスタチオも小声で返した。
「サンジェは子ども達のお守り。今日の礼拝は午前で終わり」
「礼拝ってそういうものなんですか?」
「そうと決まってるわけじゃないけど、ここはそうだな」
 こそこそ二人が話している間に、四人は礼拝堂を抜けて小部屋へと入る。一番後ろのティーディードが反射的にドアを閉めた。
 それぞれ部屋の中にあった椅子に座る。ティーディードも周りに習って腰掛けた。ティーディードとピスタチオが隣同士に座り、正面にクルレイとシスターという、四人でテーブルを囲む形になった。
 テーブルの上には女性の写真が張られた書類が広げられている。
「じゃ。シスター。今回の仕事について説明お願いします」
 ピスタチオがそう切り出すと、シスターはすぐにええとうなずいた。
「まずは、ミスターベーアに"仕事"について説明しますね」
「──あ。ありがとうございます」
 きょろきょろ辺りを見回していたティーディードがシスターへ目を向ける。
「実はこの教会は教会として本来の役目と、身寄りのない子どもを引き取って育てている家のような役目の他にもう一つ、行っていることがあるのです。それが救いを求める人の救援。訳あって今の立場や家などから逃げたいと望む人達の救援です」
「それは……ピスタチオ達と、ドラキュラと関係があるんですか……?」
 自信なさげに問うティーディードにシスターが首肯する。
「彼らは一般に言う誘拐という手段をとり、周囲の人々から行方をくらまします。その誘拐を行うドラキュラと彼らをつなげることを教会は行っているのです」
「け、警察に黙って教会が誘拐を奨励している…ということですか?」
「昔から何処の教会でも救いを求めてきた人を匿うことはしてきました。それを近代化しただけです」
「クルも匿われた一人だしな」
 付け足すようにピスタチオが言った。その言葉にタバコを吸っていたクルレイがむせる。
「オレが仕事を始めたのが五年前だから、そんなに経ってないし。結果として救える人は増えたし。この町の教会が全部グルになってやってるから、あんまり気にすんなよ」
「は、はい……」
「では、シスター。今度こそ、今回の仕事について説明お願いします」
「そうですね」
 むせているクルレイを二人は綺麗に無視して話を続けた。
「今回の仕事は出来るだけ早めにお願いしますわ。依頼人は妙齢の女性。詳しい年は秘密だそうです。望まない人とすぐにでも結婚させられそうなので助けて欲しいということです。一人ぐらしの市民で、結婚を迫っている男性が監視しているけれど、目をひきつけてくれれば自分で逃げるそうですよ」
 シスターの優雅な微笑みに対して、台詞の内容が合わない。今にも祝辞を述べそうな表情なのに吐かれる内容は誘拐だ。
 テーブルの上の書類を見ながらピスタチオは慣れた風に話を聞いている。
「ふーん。つまり、あんまり難しくは無いわけだ。警察の介入さえなければ」
「そういうことです」
 ピスタチオはシスターの答えに再びふーんと声を漏らし、書類を見つめる。横からティーディードも覗き込む。どうやら今シスターが言った内容がまとめられているらしい。書類には年齢や性別、はては監視の有無まで色々と書かれていた。一見普通の書類と同じだが、名前の書く欄が無いところが大きく異なっている。
 まぁ、お互いに名前を知らぬほうがいいことは確実であるから当たり前だが。
「そうだ」
 唐突にピスタチオが顔を上げた。声につられてティーディードはピスタチオを見──同時に向けられた瞳と目が合った。
 何? と思う間もなくピスタチオがにやりと笑う。
「ティド。やってみるか?」
「え?」
 言われた言葉にティーディードの思考が停止した。
 やってみるか?
 やってみるかって何を?
 え、つまり……そのあの何というかええっと。
 回り始めても絡まる思考の糸をどうにかほどき、言うべき言葉を選ぶ。
「仕事、を?」
 尋ねた問いに、ピスタチオがうなずいて。
「ええっ!?」
 思わず立ち上がったのはティーディードだけではなく、同じように固まっていたクルレイもだった。
 シスターだけは変わらぬ笑みをたたえている──。

  ◇ ◇ ◇

 ほ、ホントにやってみることになっちゃったー!!
 ピスタチオの後ろを歩きながら、ティーディードは心の中で叫ぶ。
 あの後話はとんとん拍子に進み、ティーディードが仕事をやることはともかく、早いうちなら今日の夜にでもということになってしまった。
 反対するクルレイをピスタチオは軽い笑みで説得。シスターの言葉もあり、クルレイは了承して──そしてティーディードが断れるはずもなく。
 先刻、ピスタチオと共にサンジェニュアルとクルレイに見送られて家を出てきた。これから仕事である。
 仕事と言ってもティーディードはピスタチオのサポート役で、危険なことはないと説明されてはいるが……。
 ティーディードは小さくため息を吐いた。
 自分がなにかやらかしはしないだろうか。それが心配だった。
 おりしも今歩いているのは、昨日ティーディードがピスタチオを出会い頭に撃ち殺してしまった下水道であり、ますます不安は募る。
 マンホールの出入り口だとわかる梯子の下でピスタチオが足を止めた。
「すぐ帰ってくるからここで待ってろよ」
 そう言うピスタチオの服装は昨日出会ったときとほぼ同じだ。黒いコートを着込み、フードを目深にかぶっている。違うのは胸から血が流れていないところぐらいか。
 ティーディードは緊張で体を固め、こくこくと首を縦に振った。
 それを見てピスタチオは笑みをこぼし、ティーディードに軽く片手を挙げてから梯子に足をかけた。そのまま梯子を上って行き、やがて見えなくなる。
 ピスタチオが見えなくなったところでティーディードは止めていた息を吐いた。目線を落とすと自らが着ている黒い服が目に入る。
 闇にまぎれるためらしい黒い服も、ズボンも靴も。全てクルレイのものだ。サポート役としての仕事を教えてもらうときに、貸してもらった。
『サポート役が行うのは、逃走路の確保、依頼人の逃走の手助け、ドラキュラの回収だ』
 クルレイの説明が頭をよぎる。
『逃走路の確保は、基本的に下水道で待っていればいい。あまり人は来ないが、昨日のお前のようにまれに人が来る。そういうときは何とかして追い払え。依頼人の逃走の手助けは今回は必要ないが、必要あるときは逃走路の確保ではなくこちらを優先する。ドラキュラと途中で上手く接触して依頼人を連れて逃げろ。依頼人を教会まで送り届けたら逃走路の確保へ。ドラキュラと合流する。三つ目のドラキュラの回収は──』
 頭の中で説明を復習しながら、辺りに視線を走らせる。
 見えるのは汚いにごった水とコンクリートの壁だけだ。聞こえるのもかすかな水音だけ。
『ドラキュラ役、つまり潜入役はピスタチオかサンジェニュアルのどちらかだ。三つ目のドラキュラの回収はピスタチオのときのみ、行われる可能性がある。決められた逃走路の各地点。そこを巡ってどこかで倒れているピスタチオを探せ。決めた時間までに戻らなかったら即実行。倒れているピスタチオを見つけたら回収して家まで戻れ。──滅多に行うことはない。そんなに緊張するな』 
 眉をひそめていたクルレイを思い出す。
 滅多に行うことはない、つまりピスタチオが途中で倒れるほどの怪我を負うことはほとんどないのだろう。昨日が珍しかったのだ。
 拳をきつく握り、つばを飲み込んだ。
 昨日ピスタチオにしてしまったことのためにも、しっかりしなければ。
 腕につけている時計を見る。決めた時間まであと少し。
 簡単だと言っていた。依頼人の家の近くのマンホールから出て、監視している男の気を引く。その隙に依頼人は逃亡し、教会へ。男を振り切ってここまで戻ってくる。ただそれだけだと。
 慣れない事態に心臓が早鐘を鳴らしている。その心臓を落ち着かせるため深く息を吸い、吐いたその時。
 かすかな水音のみが聞こえていた下水道に足音が響きだした。それも一人ではない。複数の人間の足音が──。
 顔を上げ、ティーディードは足音のする方を向く。
 走っている。沢山の人が走ってこちらへ向かってくる。
 心臓の鼓動がますます早くなる。
 ティーディードは闇へと目を凝らした。先頭を走っているのは黒ずくめの人物だ。
 黒ずくめの人物はティーディードに気づき、口を開く。
 に・げ・る・ぞ。
 声は出していなかったが確かに口がそう形作った。
(ピスタチオ!)
 ティーディードは黒ずくめの人物がピスタチオだとようやく気がついた。遠目だと闇にまぎれて分からないのだ。
 ピスタチオはすぐにティーディードの横まで来て、かっさらうようにティーディードの腕を掴む。
 引きずられて走り出したティーディードは、やがてピスタチオに並んで走るようになる。
「どうしたんですか。別の方向から来るなんて」
「結婚迫ってた男が思いのほかしぶとくて、警察に電話された。追いかけられて、下水道飛び込んだはいいけど、だいぶずれてて。あー、もうあいつも出てきてるし最悪だー。ティド、帽子深めにかぶっとけよ。捕まるから」
 小声でやり取りしながら、捕まるといわれてティーディードは慌てて帽子をかぶりなおした。深めにかぶりすぎて前が見えなくなり、また慌てて直す。
「あ、あいつって誰ですか?」
「やな奴。オレのこと目の敵にしてる、金髪の美青年といえるかもしれない二十七歳独身」
「に、二十七歳独身?」
 何で知ってるんだろう? そんなことを思いながらも下水道を駆け抜ける。
 後ろの足音は近づくような近づかないようなの均衡を守っていた。
 だんだん息が切れてきたティーディードはどれぐらい離れているのだろうかと後ろを振り向く。
「あれ?」
「どうした?」
「いえ、金髪の美青年なんていないなと思って──」
 目に入るのは警官の制服に身を包んだ、それこそ誰が誰だか見分けのつかない警官達だけだ。無個性な彼らが追いかけてくるのは、なにやら恐ろしさを感じるがその中に金髪の美青年はいない。
「げ」
 唐突にピスタチオが声を上げた。そして立ち止まる。
 ピスタチオにあわせてティーディードも立ち止まると、それに合わせたように警官達も立ち止まった。
 チャリ、と金属のこすれあう音がした。
「やあ。ドラキュラ」
 低い、それでいて耳に残る男の声が響く。
 正面を向いたティーディードの目に映ったのは、目鼻立ちの整った青年だった。後ろ髪が少し長い金髪。服装は背後の警官達とは違い、落ち着いた紺のスーツだ。
 青年は手で手錠をもてあそんでいたが、やがて口角を上げた。
「ああ、本名で呼ぼうか。ピスタチオ」
「ラディエル」
 青年─ラディエルとは対照的にピスタチオは相手に厳しい視線を向ける。

 あれ? 名前知ってる……?

 ラディエルがピスタチオの名前を知っていることが意外だった。知ってて捕まえようとしていないのか。
 ピスタチオがラディエルの名前を知っているのも気にかかる。
 知り合いなんだろうか。
 怪訝な顔でティーディードは二人を見た。
「そっちは新しいお仲間かな? この間の人より若干背が低いね」
「くそっ。オレ達を意図的に追い込んだな!」
「そうだよピスタチオ。今日こそ捕まってもらおうと思ってね」
「お断りだ! 誰が捕まるか!!」
「それは残念だ」
 ラディエルがクスと笑うのを合図として、警官達がにじり寄り始める。ラディエルの横に立っていた警官も一歩前に出る。
 それを見てピスタチオが小声で言った。
「ティド。あれ用意しとけよ」
「あ、あれ? あ、はい。あれですね。わ、わかりました」
 小声でやり取りして、ティーディードはズボンのポケットに左手を入れる。
 ティーディードの右手をピスタチオが掴んだ。
 警官は二人を取り囲むように立ち、片手を持ち上げる。その手には黒光りする拳銃が握られていた。
「無傷で捕まえたかったんだけど。残念だよ」
「怪我しても捕まるか!」
 ピスタチオの啖呵が飛ぶ。
 その言葉にラディエルは微笑み──右手をゆっくりと上げた。その手の動きをティーディードは見つめる。
「撃てー!!」
 ラディエルが叫んだのとティーディードがポケットから手を出したのは同時。
 その一瞬、銃声と大量の光が下水道に溢れた。ラディエルは思わず腕で目を覆う。
「ぐぎゃっ」
 すぐに光は収まり、焼け付くような光に目を閉じていたラディエルが目を開ける。
 右斜め前の警官が倒れており、どうやら先ほどの声は彼だったらしい。大の字になって伸びている。
 そして警官達の中央にいた彼らは姿を消しており。
「やられた」
 小さくため息を吐いたラディエルだが、その顔には笑みが浮かんでいた。

  ◇ ◇ ◇

 深夜の路地裏。
 足を休め、身づくろいをしていた猫はそばのマンホールの蓋がたてた音にその場を去った。
 猫が居なくなってもマンホールの蓋はがたがたと音をたてて揺れ、やがて蓋が浮く。否、浮いたのではなく下から押し上げられていた。闇と同化していた腕の持ち主が姿を現す。
「ち、地上だ……」
 先に顔を出したティーディードがマンホールの蓋を脇へよけ、地上に這い上がった。
 すぐにピスタチオも顔を出し、こちらは身軽に地上へ降り立つ。
 ティーディードが蓋をがたんと音を立てながら戻した。
「えっと、この後は家に戻るで良いんですよね?」
「ん?」
 不安げにティーディードはピスタチオに聞くが、その声はピスタチオの耳を素通りしたらしい。ピスタチオが声で聞き返す。
 よく見ると彼は右腕の袖をまくりあげていた。右腕から赤い水滴が滴り落ちる。
「わっ。怪我したんですか?」
「あーちょっとな。銃弾かすったっぽい」
 ちょっとという怪我ではない。右腕の皮膚の表面がえぐられて、赤い肉がむき出しに。
「だ、大丈夫ですか?」
「平気。すぐ治るし」
 見ているほうが痛くて、ティーディードは思わず自分の右腕の同じ部分を掴んだ。
 怪我をした本人は気にする風もなくまくっていた袖を戻す。
 それから二人は並んで歩き出した。
 ──と、ピスタチオがいきなり背後を振り返る。
「ピスタチオ?」
「……」
 ピスタチオは辺りを見回すが、何も動かないし変なものはない。
「なんでもない。気のせいみたいだ」
 怪訝に立ち止まったティーディードに笑いかけ、再び歩みを始める。
 気さくな話し声がだんだんと遠ざかっていく。

 フ、と誰かが笑った。



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