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  壱・彼らとの出会い


 うっかり下水道で少年を殺してしまったティーディード。その少年の知り合いについてきたのはいいけれど。
 ぽかんとディーディードは建物を見上げる。
 目の前に建っているのは普通の家だ。どこからどう見ても普通のいっぱんじゅうたく。宣伝のごとく看板は掲げられていないし、赤い十字のマークも無い。
 普通の庭付き一戸建て。いや、普通ではないかもしれない。大半の人々は狭いアパートやマンションに住み、自分などその狭いアパートからも追い出されて家なしだ。一戸建ての時点で普通ではない。
 そこまで考えて、そうじゃないとティーディードが頭を振った。
 問題はそこではない。問題は、死人を平然と家に連れてくるものだろうかということで。
 ではどこに連れて行くと考えて、墓地が脳裏に浮かぶ。
 思わず、いきなり埋めるんかいと自分でツッコミを入れた。
 さっきぼそぼそと聞こえていた声は少年の声だったのかもしれない。そう考えれば家に連れてきたのも納得が……それはそれで何故病院に連れて行かないのだろう。
 あれ? とティーディードは首をかしげた。
「何してる。早く入れ」
「え、あ、はい」
 青年がドアのところでティーディードを呼ぶ。ティーディードはあわてて中に入った。
 中はこれまた普通の家だった。入ってすぐにソファーとテーブルが目につく。
「お帰りー」
 のんきな声がして、髪にウェーブのかかった少女が姿を見せた。ぐったりとしている少年と、少年の血で汚れている青年を平然と出迎える。
「うっわーまた派手にやったねー。大丈夫?」
「臓器はそれてる。血が足りなくなって動けないだけだそうだ」
「じゃあ大丈夫だね」
 何が大丈夫なのか分からないティーディードは青年の後ろで突っ立っていた。そのティーディードに少女が気づく。
「あれ? お客さん?」
「ピスタチオをやった張本人。ほとんど事故だがな」
「ありゃー。君、災難だね」
 少女が青年を通りこしてティーディードに近づいた。励ますようにポンポンと方を叩く。
「ま、気にしないほうがいいよ」
「サンジェニュアル、そいつの相手してろ。ピスタチオを奥の部屋に寝かせてくるから」
「りょうかーい」
 青年が少年とともに奥へと消える。
 二人っきりになった少女はにっこりと無邪気な笑顔を見せた。
「あたし、サンジェニュアル・リース。サンジェって呼んでね。ヨロシク!」
「あ、ぼくはティーディード・ベーアって言います。よくティドって呼ばれて─」
「テディベア!?」
 ティーディードの言葉をさえぎって少女─サンジェニュアルが声を上げる。その呼び名にティーディードはうっと言葉を詰まらせた。
「うっわー、君テディベアって言うんだ。へー。テディって呼んでも良い?」
「い、いいですけど」
 昔は良くからかわれた呼び名だが、目の前の少女に目を輝かせて問われると咎める気が失せる。
「んじゃ、よろしくね。テディ」
「は、はい。よろしくお願いします」
 かといって慣れたわけではなく、ティーディードは恥ずかしさで顔を赤くした。
 それも気にせずサンジェニュアルは思い出したようにポンと両手を打つ。
「そうそう。さっきあたしと話してたのはクルっていうの。クルレイ・ラバード。で、テディが撃っちゃったのはチオ。ピスタチオ・ガナラムが本名」
 撃っちゃった少年の名はピスタチオというらしい。少年の名前が出てきた途端にティーディードは赤くした顔を今度は青くする。眉毛をハの字型にして心配そうに部屋の奥を見た。
 タイミングよく奥の部屋のドアが開いて、青年─クルレイが部屋から出てくる。
「クル! 紹介しといたよ。で、この人はティーディード・ベーアって言うんだって」
「ティーディード、か。とりあえず二人とも座れ。いつまで立ってるつもりだ?」
「あ、忘れてた」
 クルレイがソファーに腰掛け、サンジェニュアルも勢い良く座る。ソファーが大きく揺れた。
「勢い良く座るな。壊れるだろ」
「別にいいでしょ。どうせ壊れたらまたゴミ捨て場から拾ってくるんだから」
「モノは大切に使え」
 サンジェニュアルに注意しながら、クルレイは内ポケットからタバコを取り出して火をつける。奥の部屋に行ったときに着替えてきたらしい。さっきまでの服と違っていた。
「テディ。ここ座っていいよ」
「ティーディードは正面のソファーに座れ。これ以上大の大人が座ると壊れる」
「は、はい」
 サンジェニュアルに悪いとは思いつつ、ティーディードはクルレイに言われたとおり正面のソファーに腰を下ろす。
 サンジェニュアルがむぅっと不満そうに口を尖らせた。クルレイはタバコの煙を吐き出す。
「あ、あの」
 黙ってしまった二人に、ティーディードが口を開いた。二人の視線がいっせいにティーディードに向く。
「えっと、ピスタチオさんの怪我は…?」
「さっきの話、聞いてただろ。臓器には当たってない。まあ動脈をぶち抜いてることには変わりないから、大量失血で倒れたんだ」
「す、すいません。ぼくのせいで…」
 ティーディードがうつむいて、申し訳なさそうに縮こまる。
 そんな彼にサンジェニュアルが笑顔で言った。
「気にしない。気にしない。チオは生きてるんだし。そうだ。テディは仕事とか何してるの? どこにすんでる?」
「おい……」
 サンジェニュアルが振った話題に、クルレイの顔色が変わる。だが止めようとする間もなくティーディードは話し始めた。
「仕事はこの間首になりました……。ぼく、とろいですから。それで、住んでるところの家賃が払えなくて今日追い出されて…ひとまず下水道で夜を明かそうと思ったら、ピスタチオさんに会ったんです。驚いて、思わず撃ってしまって……。……すいません。ぼくが下水道で夜を明かそうとしなければこんなことには……」
 無駄に重苦しい空気が流れる。ティーディードはますますうつむき、サンジェニュアルは黙り込んだ。クルレイもそっぽを向いてタバコを吹かしている。
 その時、小さな音を立てて奥の部屋のドアが開いた。三人がいっせいにそちらを見る。
 やがて一人の少年が姿を現した。
「チオ!!」
 サンジェニュアルが声を上げて立ち上がり、少年に駆け寄る。
 ティーディードはほっと息を吐いた。
 チオと呼ばれている少年は確かに自分が撃ち殺した(と思った)少年であり、こう言うのもなんだが元気そうだ。さっきまで倒れていたようには見えない。
「もう起きて大丈夫なの?」
「おー。もうぜんっぜん平気。血ぃ足りなくて目の前ぐるぐるしててさ。だからクルにつれてきて貰っただけだ。じっとしてれば、ほらこの通り復活ってな」
「よかったー。よかったね、テディ!!」
 サンジェニュアルが笑顔で振り向いた。一番心配していた本人がハイと返事をする。
 そこで少年がティーディードに気づいたらしい。思い出したように口を開けた。
「アンタ下水道にいた……」
「ティーディード・ベーアと言います。その…撃ってしまってすいません」
 ぺこり、とティーディードは頭を下げそのまま目線を落とす。申し訳なさと言い辛さで、語尾にいくにつれ声が小さくなった。
 そのようすを見ていた少年が口角を上げる。
「オレはピスタチオ・ガナラム。撃ったことは気にすんな。一般人の撃った弾に当たったオレも悪かったんだし」
 一般人の撃った弾に当たったオレも悪かった? 普通なら使わないような言い回しの言葉を聞いたティーディードは下から覗き込むようにして少年─ピスタチオの様子を伺う。
 一般人じゃないんだろうか。
 心の中で首をひねる。
 そんな疑問をティーディードが浮かべていることも知らず、ピスタチオはうーんとうなっていた。
「ティーディードって言い辛いな…サンジェはなんて呼んでる?」
「テディだよ」
「テディ……なんか無理やりだな。ティーディードはなんて呼んだほうがいいんだ?」
「へ?」
 いつの間にか呼び名に話題がいっていたことに、ティーディードは今気づく。
「えっと、割とティドって呼ばれることが多いですけど」
「ふーん。じゃあティドな」
「は、はぁ」
「そういや、ティド。右手の手当てしたか?」
「え、右手?」
 いきなりの話題転換についていけずに目を瞬いた。その間にピスタチオがソファーを回りこんでティーディードに近づき、右手を掴む。
「たっ」
 掴まれた瞬間にピリピリとした痛みが走った。
 思わず手を引き抜きそうになり、ピスタチオにますますきつく握られる。
「あー、やっぱり擦りむいてら。最初に会ったときに怪我してるなーと思ったんだよ」
「どれどれ?」
 サンジェニュアルもティーディードの手を見た。
「うわっ。結構酷い擦り傷じゃない。アタシ、救急箱取って来るね」
 さっき平然と血まみれのピスタチオを見ていたとは思えない速さでサンジェニュアルが奥へと引っ込んだ。
 そんなに酷いのかと気になってゆっくり手を引く。以外にピスタチオはすんなり放してくれた。
 右手を見る。放された今も空気と触れただけでジンジンと痛むその傷は確かに酷い。表面の皮がめくれて鮮やかな赤の肉が見えていた。
 見ているだけで痛い。思い返せば下水道で拳銃を取り出したときも痛んだような──下水道へ降りる時にこけたのが原因だろうか。
 その後の出来事が強烈過ぎてすっかり忘れていた。
 ティーディードは傷から目を逸らした。
 サンジェニュアルが救急箱を抱えて戻ってきて、ティーディードの横に腰掛ける。
「はい。手出して」
 おとなしく右手を出すと消毒液をかけられた。酷くしみて、ティーディードは眉間にしわを寄せる。
「ちゃんと手当てしないとばい菌入るよ。我慢して」
「は、はい」
 やっぱり見ていると痛いので目を逸らす。
 クルレイを見るとこっちのことはどこ吹く風。新聞を開いてタバコを吹かしていた。
 次にすぐ横に立っているピスタチオを見上げる。ピスタチオは手当ての様子を顔色もかえずに見ていた。さっきもティーディードの傷をじっくり検分しているようなふしがあった。
 手当てといえば。ピスタチオを見ているうちにティーディードはふと思う。
「ピスタチオさんは」
「ピスタチオ」
「……」
 即座に言い直されて固まる。ピスタチオに言うつもりは無いが、ティーディードはここ五年ばかり人を呼び捨てにしたことがない。
 もごもごと口を動かして言いづらそうに続ける。
「ぴ、ピスタチオは怪我の手当てとかしなくていいんですか? その、ぼくが撃っちゃった部分の」
 さっきとは逆に今度はピスタチオが目を瞬いた。そしてそのまま考え込む。
 おかしなこと言ったかな? と思いつつティーディードはピスタチオを見ていた。右手がなんだかごわごわしている気がするが、それを置いておいてただひたすら見ていた。
 やがてピスタチオがああと納得したように声を出す。
「不死身だからな」
「?」
 ようやく返答された。しかしその答えの意味が分からずティーディードは怪訝な顔をする。
「うーん。なんて説明したらいいかな」
 ピスタチオは少し考えて口を開いた。
「ま、率直に言うか。ティドはドラキュラって知ってるか?」

 ドラキュラ。吸血鬼だとかヴァンパイヤだとかいう、生き血を飲む化け物。
 それは昔から自然に伝わっている話で、この都市ラエルラのどこかにも吸血鬼ドラキュラが住んでいるという伝説はある。
 だがそのドラキュラとは少し違う、ドラキュラという言葉で指すものがある。

「今話題の方ですか? えっと、人を神隠しするだとか誘拐するだとか消すだとか言われてるあの」
「そう。そっちのドラキュラ」

 今、ラエルラでドラキュラと言えばこちらの事件のほうが有名だった。
 人を誘拐する─正確には誘拐というよりは神隠しに近い。消えた人は戻ってこないのだから─誘拐犯がドラキュラと呼ばれるようになったのはいつごろからだろう。
 昔世間を騒がせた怪盗のように予告状をだし、物ではなく人を盗む。出された予告状と遺された印、同じ手口から警察は同一犯の犯行と断定。いつからかその誘拐犯をドラキュラと呼ぶようになった。
 曰く、心臓を打ち抜いても死なないだとかそういうところから、ドラキュラと呼ぶ由来が来ているらしい。

 ティーディードは頭の中ですばやく新聞からの知識をまとめる。
 そして、ドラキュラは不死身と書かれていた新聞の見出しを思い出す。
「オレは不死身。死なないんだ。で、今世間を騒がせてるドラキュラでもあると。ティドと会ったのは仕事の帰りだったわけ」
「仕事の帰り…」
「そ。不死身っていうのはすぐ再生するから。心臓でも頭でも…ちょっとグロイけど何日か立てば元通り。そんなオレだから、ティドの撃った傷ぐらいはすぐに再生するわけ。だから手当てする必要もないと」
「そ、そうだったんですか…」
 そう言われれば全てに納得がいった。だいたい、あの出血量で生きてるのほうがおかしい。
「つまり、さっきのは生きてたのではなくて死んでから生き返ったということですか…?」
「そういうこと。だから、不死身っていうのは正しくないかもな。死なないわけじゃないし」
「おい。そんなにほいほい話すな」
 今まで新聞を読んでいたクルレイが口を挟む。新聞をテーブルの上に置き、タバコの煙を吐き出した。
「サツに話さないとも限らん」
「そんなにぴりぴりするなよ」
「話されてからじゃ遅い。今すぐ始末してもいいんだぞ」
 鋭い黒の瞳で睨まれてティーディードが息を呑んだ。
「はい。終わりっ。手当ても不吉な話も終わりだよ」
 今までティーディードの右手にかじりついていたサンジェニュアルが顔を上げる。手当ての終わった右手を景気良くぽんと叩いた。
 すでに痛みは走らなかったが、右手を見てティーディードはぎょっとする。
 包帯で右手が倍ぐらいに膨れ上がっていた。右手全体ならまだいいかもしれない。だが指だけはそのままで、なんとも不恰好である。
 ティーディードが唖然とその右手を見ている間にサンジェニュアルがにこっと可愛く笑った。
「クルだってテディのことは結構気に入ってるんでしょ? 意地悪しないの」
「ふん」
 そっぽを向いたクルレイ。続けざまにピスタチオが言う。
「気に入ってるからこそ、裏切られるのが怖いんだよな」
「言うな!」
「あ、怒った」
「サンジェニュアル!」
 サンジェニュアルの言葉でさらにクルレイが眉を吊り上げた。新聞を手にとって投げつける。しかしサンジェニュアルがすばやくよけたことで新聞はソファーにむなしく落ちた。
「逃げるな!」
「やだー。だって怒るでしょ。チオには怒らないくせに」
「ピスタチオには後で怒る! お前は今言わなければ分からないだろう!」
 サンジェニュアルが逃げ、クルレイが追う。
 ぐるぐると走り回る二人を見ていたピスタチオはティーディードを見て苦笑した。
 ティーディードはただ困ったように手のひらと手の甲のみが膨れ上がった右手をじっと見ていた。
「ティド。右手貸しな。直してやるから」
「……お、お願いします」
 せっかく結んで貰った包帯だが、これでは右手が使えないとティーディードはサンジェニュアルに申し訳なく思いつつも右手を差し出す。
 ピスタチオは包帯をすべて取り去ると救急箱から大きな絆創膏を取り出してティーディードの右手の甲にはった。
「この方が右手使いやすいだろ?」
「そうですね。ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
 丁寧にお辞儀しあう。そして二人で笑いをこぼした。
 サンジェニュアルとクルレイはまだ走り回っている。それを見てさらにティーディードが優しく微笑んだ。
「どうした?」
 突然微笑んだティーディードにピスタチオが尋ねる。
「いえ、その。普通だなぁと。普通の人達だなぁと思って」
 その瞬間走り回っていた二人が立ち止まり、ピスタチオとサンジェニュアルとクルレイで顔を見合わせた。
 それからほぼ同時に口を開く。
「「「普通だよ」」」
「ドラキュラが普通じゃないとでも思ってた?」
 クスクスとサンジェニュアルが笑う。そのサンジェニュアルの頭をクルレイがはたいた。
「いたっ。不意打ち卑怯ー」
「うるさい」
 はたかれたサンジェニュアルは目じりに涙をためてクルレイを睨む。その視線を軽く素通りしてクルレイはティーディードを睨む。
「裏切ったら容赦しない」
 ティーディードが凍りつく。先ほどの話はまだ続いていたらしい。
 目に見えて固まったティーディードにピスタチオが肩をぽんと叩いた。
「まぁ、誰にもオレらのこと話さないで暮らしてくれればいいって。仕事と家はどこかいいところ紹介するから──」
「だ、ダメです!」
 固まっていたはずのティーディードが声を上げた。
 クルレイにやり返そうとしていたサンジェニュアルもそれに対応していたクルレイも動きを止める。もちろん話していたピスタチオも。
「あ、あの。迷惑じゃなかったらここに居させてください。ぼ、ぼくなんでも手伝いますから。ピスタチオに怪我させたお詫びがしたいんです。ゆ、許してもらったけどやっぱり何かしたいから。だから、迷惑じゃなかったらここに……」
 ティーディードははってもらった絆創膏をなぞる。
「やっぱり、お礼がしたいんです。手当てもしてもらって、何もしないでさよならなんてそんなこと…できません。め、迷惑ですか…?」
 そう尋ねて俯いた。
 迷惑に決まってる。そんなこと分かってる。だから、迷惑だといわれたらすぐに出て行くつもりで、これ以上迷惑かけないで出て行くつもりで俯いた。
 分かっていても、言われたときに泣いてしまう気がするから。
 答えられるまでの沈黙が重くのしかかる。
 クルレイが最初に口を開き──だが彼が言葉を発するより早くピスタチオが言った。
「いいぞ」
 ティーディードが顔を上げる。クルレイは開いた口をそのまま結んだ。
「ここにいろよ。仲間は多いほうがいい」
 ピスタチオが笑って、サンジェニュアルも笑う。
「うん。よろしくテディ! これから仲間だからね」
「は、はい……」
 ティーディードの顔がほころぶ。それからすぐにハッと気がついてクルレイを見た。彼はまだ答えてくれていない。
 そのままクルレイを見ていると、クルレイがぼそりと言った。
「裏切るなよ」
「──は、はい!」
 勢い良く返事をし、ティーディードは満面の笑みになる。同じく笑顔のサンジェニュアルとピスタチオに囲まれて、わいわい話を始めた。
 少し離れて、クルレイが新たなタバコに火を着ける。少し吸い込んで吐き出す。
 囲まれているティーディードを見て、わずかに口の端をあげた。



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