血が流れていく。ぐらぐらと思考が覚束ない。どうにか支えながら立っていることが精一杯で、これ以上逃げることは出来ない。
近づいてくる敵の足音をおぼろげに聞いて、ユーンは持っている短剣を握ろうとして、するりと地面に落としてしまう。
「死ね!!」
走りながら振り上げられる剣を、肩越しに見た。だが、それもぼやけ……
「ユーンッ!!!!!」
遮るような声を聞く。ユーンがまわらない頭で、ディッファの声だ、と送れて理解したころには、ディッファはユーンと剣の間に割り込んでいた。
おびただしい量の紅い血が飛び、ユーンに降り注ぐ。
ディッファは一度ぐらりとよろめきかけて、だがしっかりと踏ん張った。流れ出た己の血に、だが返って頭は冴えている。肩口から胸にかけて派手に切られたディッファは、それでも敵を睨みつけ、剣を握った。
突然割り込んできた相手にたじろいでいた男達が、それぞれ剣を構える。口元にはニヤニヤとした笑みがたたえられていた。
手負いの戦士が一人増えたところで、二対四……いや、ユーンは動けそうにないことを考えると一対四だ。それは圧倒的な差である。
先ほど切りつけた一人も距離をおき、余裕のある様子でディッファを見ている。
それに対し、急激に青ざめながらも、ディッファはギラギラとした目で笑った。
「笑ってろ」
地を蹴り、相手に近づく。そして容赦なく切り結び、自分が傷つくのもかまわずにすり抜けて相手を切った。目を見開いたまま、どう、と男が倒れる。
「まずは一人」
その言葉に、残る三人の顔色が変わった。
ディッファの血で身体を染め、ユーンは壁に背をつけた。ディッファが戦っている。自分より酷い怪我をしただろうに、着実に相手を倒していく。
薄い膜が張っているようで、そのことをぼんやりと見ているしかできなくて。
ついに四人とも切り捨てたディッファが、短く息を吸って、笑った。
「これで、おわ……」
最後までは言葉にならず、剣を堅く握りしめたまま仰向けに倒れこむ。そして広がっていく血を見て、ユーンはようやく気がついた。
「ディッファ……ッ……」
あの傷は、あの血の量は、命に関わるものだと。遠めにも、ディッファは目を開けたまま倒れているのがわかる。
喪失の予感に震えながら、ユーンは一歩一歩とディッファへと近づく。足が酷く重かった。近づくのが怖い気もして、それでいて近づかずにはいられない。少しの距離のはずなのにとても遠かった。
何とかディッファの側まで近づき、立ち続ける気力はないので、その場にへたり込む。他人が動かしているように、現実味がない。
見開かれた瞳を覗き込み、口の上に手をかざして息を確認した。それでも納得がいかなくて、震える手で脈を測ろうとするが、わからない(無いのだとは認めたくなかった)。
どれだけそうしていたか、とうとうディッファが死んだのだと認め、愕然とする。
ユーンは両手を強く握り締め──散りゆく思考を何とかかき集めた。
蘇生。
冒険者であれば教会により蘇生が可能であることが多い。
ディッファが助かるかもしれない。そう思い、ユーンは立ち上がろうとして……だがぐらりと揺れた思考に、そのままディッファの隣に倒れこんだ。
何かを思う暇も無く、意識を飛ばす。彼のわき腹の傷もまた、血を流し続けていたのだ。
辺りに放置された死体の中で、ユーンの命もまただんだんと削れて行く──。
兄達により、見つけられるまで。