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教会にクルレイ達が帰りつくと、夜遅くなのにも関わらずシスターが起きて待っていた。裏口から入った二人の格好を見て、彼女は青ざめる。片や他人の血やら自分の血やらで真っ赤であり、もう片方は片方で片足負傷、完治しかけた傷がひらいてる、という状況を見れば当然だろう。 彼女はピスタチオとクルレイの説明も聞かずに、ピスタチオに服を着替えに行かせ、クルレイの怪我を手際よく手当てした。そうして、二人ともさっぱりして、ようやく彼女は険しくしていた顔を緩める。 「もうこんな無茶をしないでくださいね」 どこか晴れ晴れとした二人の顔に決着がついたことを見抜いてか、そう言った。 その日はそのまま眠りにつき、クルレイが次に目を覚ましたのは次の日の昼ごろだった。起きて窓を見ればとうに太陽は登っていて、子供達──同じ時間に寝たはずのピスタチオもまざっている──が遊びまわっている。右足をかばいながら礼拝堂に出ると、長椅子を拭いていたシスターがクルレイに気がついて朝食兼昼食を出してくれた。 「ありがとうございます」 礼を言って、感謝の気持ちを込めて普段はしない食前の祈りまでしてから、食事を始める。シスターがコップに水を注いだ。 「足はどうですか?」 「少し痛いくらいですから、すぐ治ると思います」 「無理はしないでくださいね」 「はい。──あの」 水を持って、行こうとしたシスターをクルレイは呼び止めた。 「昨日、私の追っ手だった男に偶然会ったんですが、教会の上層部から圧力があって、私を殺す命令が撤回されたようなんです。……どういうことかご存知ですか?」 そっとたずねれば、彼女は笑みを深くした。 「神は助けを求めるものに手を差し伸べてくださるのですよ」 「……シスターが何かしてくださったんですか?」 「裏にも信者が居ますから、教会は結構顔が利くんです」 内緒ですよ、というかのようにシスターは指を口元に当てる。 思った以上に教会は恐ろしい、敵に回したくないものだ、と聖職者に知られたらとんでもない、といわれそうな感想をクルレイは持った。 それから一週間。クルレイはまだ教会にいた。怪我の治療をしながらできることは手伝っている。今は教会の扉の修理をしているところだ。前々から開け閉めがし辛かったのだが、先日の礼拝についに影響が出てしまった。閉めたところ開かなくなり、無理にあけた信徒が怪我をしたのだ。直さなければとシスターが言っていたのを聞いて、自分が直しますよ、とクルレイは声を上げた。 そうして今、工具を持って扉と向き合っている。扉がなまじ大きいために少し苦労はしたが、開け閉めがしづらい原因であった錆びた金具をどうにか取り替えるとすぐに改善された。作業中に詰めていた息を吐き、出入り口の段差のところに座り込む。いつの間にか側に来ていたピスタチオが覗き込んでくる。 「直った?」 「ああ」 「足、大丈夫?」 「固定してるから平気だ」 「なら、いいんだけど」 ちらり、と心配そうにクルレイの足首を見るピスタチオに笑ってみせた。 「大丈夫だ」 「……うん」 「ほら、行かなくていいのか? 呼んでるぞ」 「あ、ホントだ」 じゃあね、と言ってピスタチオは彼を呼ぶ子供達の方へとかけていく。 彼らが遊びだすのを見つつ、クルレイは目を細めた。風向きを確認してからタバコを取り出す。火をつけてゆっくりとくゆらせた。煙は長く、高く伸びていく。 ピスタチオは少しずつ変わってきた。自分が化け物だと思うことはほとんどなくなったようで、それを暗示する発言が減っている。何か事件で人が死んだり傷ついたりした話を聞くと相変わらず悲しそうにしたが、それは彼の元からの優しさなんだろう。 ピスタチオが先導し、子供達がじゃんけんを始めた。何かの遊びの前ふりだろう。化け物だという意識も消えつつあり、こう子供達に混じってしまうともう彼が化け物だと言われていた少年とは思えなかった。 このまま普通に育ってくれれば。 彼の逃げずに立ち向かおうとする心を知ったために、そう願わずには居られない一方で無理だということもクルレイは嫌というほどわかっていた。 ──言わなければならないことがある。 クルレイは空を見上げた。昼間は存在感の薄い月が、青空にうっすらと白く浮かんでいる。 あの月の満ち欠けに合わせて殺人を繰り返した男はもういない。この事実を、クルレイはピスタチオに伝えなければならなかった。それもできるだけすぐに。 殺人鬼はやはり貴族だったらしい。最初に殺された神父の教会へ通っていた元信徒だ。そして貴族ゆえに即釈放された。男の家族が保釈金を積んだこと、男が殺人鬼だという態度をまったく見せなかったことで警備隊は殺人鬼を再び世に出してしまった。釈放されてすぐには抗議運動が起こり、各新聞社も賛否両論、激しく騒ぎ立てた。 ピスタチオは幸いにも──いや、シスターとクルレイが意図的に遠ざけたためだが、その騒動を知らずにすんでいた。 だがその騒動はもう治まっている。 「やはり殺人鬼であった男、自宅で自殺」。そんな見出しが今朝の新聞に載った。事実はあっけなく、そして確実な方法で暴露されたのだ。殺人鬼の死と、本人から新聞社に送られた遺書によって。 『私は神の期待を裏切ってしまった。もう生きていく価値もない』 遺書はこんな書き出して始まっていたという──。 『私は神の期待を裏切ってしまった。もう生きていく価値もない。 私が神に選ばれたのはとても幸運なことだった。神は私に力を与えてくださるとおっしゃった。永遠の命と富を与え、神の側に仕えることを認めてくださるとおっしゃった。私は神の期待にこたえるために努力を惜しまなかった。まずはじめに邪神の洗礼を受けた悪しき者を新月の日に神に捧げた。それからの日々は甘美で、とても充実した日々だった。私は儀式を続けた。神の期待にこたえるために。 だが、私は神の期待にこたえられなかった。神は私ではなく、他の信徒をお選びになった。 何故とは思わない。私では神の期待に沿わなかっただけだ。私は、神の期待を裏切ってしまった。もう生きていく価値もない。神を裏切った私なぞ、生きていてはいけないのだ。 せめて、こんな私に期待してくださった神への感謝の念を込めて、私の魂を捧げよう。それが私のできる最後のことだ。 邪神を支持する多くのものに言う。これはけして絶望の中の死ではない。神の血肉となることこそ、最大の喜びであり、希望なのだ。それが貴方達もいつの日か理解できるよう、祈る。 神に感謝を。そして我らが同胞に永遠の幸福が訪れますように』 殺人鬼だった男はこんな遺書を書いた後、自らの心臓を銃で打ち抜いて自殺した。それこそ不思議なほどにあっさりと。 その死はとても異色で、恐ろしかった。遺書を取り上げた新聞社は多くを語らず、騒いでいた民衆達も静かになっている。語ることを恐れているかのようだ。クルレイ自身、遺書を読んで背筋が寒くなった。 ピスタチオはまだ殺人鬼が死んだことを知らない。だが遠くないうちに知るに違いなかった。人々が殺人鬼の死の衝撃から立ち直って、話しはじめるうちに、必ずどこかで聞くことになる。人に聞かされたときの彼の衝撃を思うと、クルレイは自分が伝えなければ、と思うのだ。 クルレイは短くなったタバコの火を持ってきた小皿──灰皿の代わりだ──で揉み消した。深呼吸をして、覚悟を決める。 殺人鬼の死と同時に、言おうと思っている言葉がある。殺人鬼を捕まえたその日からずっと考えていたことだ。何の気休めにもならないかもしれない。だが、どうしても言いたかった。ピスタチオが普通の子供でありたいと望むなら、拒むかも知れないが──。 立ち上がったクルレイに気がついて、駆け回っていたピスタチオが彼を見る。青と黒の瞳が交差する。 ──俺と一緒に仕事をする気はないか? 願わくば、彼の闇を照らす光にならんことを。 END |