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「はじめまして。お姫様」
 それが、全ての始まり。

【初】

 芸人の「リュー」は貴族の別荘に招かれていた。
 普段は無造作に降ろしてある前髪をしっかりと上げ、ぼさぼさの髪をまとめている。タキシードをきっちりと着て、首元には黒い蝶ネクタイ。表情を引き締めれば、なかなか、貴族に混ざっても可笑しくない様相だ。だがそれよりも目を引くのはエルフ特有の長い耳であった。その耳と顔立ちから人間ではなくエルフであるのだと人目で知れる。リューの手には古びたスーツケースがあり、中には商売道具がぎっしりと詰まっていた。
 リューは鉄のドアノッカを握って、カンカン、と打ちつけた。すぐに扉が開く。
 中はかなり広く、豪華だった。赤い絨毯にピアノ。一流の職人が装飾をしたであろう手すりのある階段は、二階へと続く。見上げれば豪華なシャンデリアが天井からつるされている。
「こちらで旦那様がお待ちです」
 老齢の執事が会釈をし、リューを先導した。扉を一つくぐり、長い廊下を進む。価値のある芸術品の数々が、廊下に無造作に置かれている。ただ置いてあることが重要かのようになっているらしいソレをリューは目にうつした。
 ある部屋の前に来たとき、執事が扉を開いた。中へ入れば男性が窓際に立っている。
「お連れしました」
「ああ」
 執事の言葉に彼は振りむく。口ひげを生やし、眼鏡をかけた紳士。その身に授かる爵位に反して容貌は若く、それでいて威圧感のある雰囲気をまとっている。
「お初にお目にかかります、バーナーズ伯爵様。このたびは私めをお呼びくださりまして、まことにありがとうございます」
 丁寧に──芝居がかった動作で──リューは礼をした。
「いや。今度のパーティはよろしく頼む」
「このリューにお任せください。何かご希望の芸はございますか?」
「得には──……いや……」伯爵──ジュード・バーナーズはしばし考えるように口ひげをいじり「……派手に頼む」
「派手に、と申しますと?」
「見栄えが良いほうが、目を惹く上に印象に残る」
「なるほど」
「それに──」
 いかにも付け加えるという様子で口を開き、伯爵はコホンとせきをした。
「妻も、派手なものを好むのだ」
 思わずリューは口元をほころばせる。伯爵は照れたようにそっぽをむいていた。
「かしこまりました」
「必要なものがあれば準備させよう。屋敷内は自由に歩き回って構わないが、部屋には入らないでくれ──」

+++

「ふぅ」
 寝泊りする部屋に案内され、リューはベッドに座り込んだ。綿で出来ているかのようなベッドは座ると深く沈んだ。案内された部屋は貴族の客も泊まるらしく、豪華な作りになっており、廊下で見かけたものと同じぐらい高価な絵が額に入れて飾ってある。
 リューは蝶ネクタイを緩め、息をついた。
「格式ばるのは嫌いじゃないけど、やっぱこのほうが楽だなぁ……おっと」
 つい頭に伸ばしかけた手を止める。
「今触ったらセットしなおしになっちゃうか」
 うんうん、と頷き、頭に触れる代わりに手をトランクの取ってに向ける。持って立ち上がり、テーブルの上にトランクを置いた。元々大きくないテーブルはそれだけで一杯になってしまう。
 鼻歌を歌いながらトランクを開いて、中を確認する。定番のトランプに数本のたいまつ──もちろん芸用だ──、他にもさまざまなものが中に入っている。
「派手できれいなの、ねぇ〜」
 中を探って、適当に使えそうな道具を取り出していく。トランク一杯につめられていた道具はすぐに部屋に溢れ出た。
「こんなものかな? あとは……会場に下見に行かないとね」
 緩めた蝶ネクタイを締めなおし、リューは部屋を出る。音を立てて扉が閉まった。

 少し経って、リューは廊下を歩いていた。パーティ会場である大広間の下見をすませ、その足で屋敷を見て回ることにしたのである。
 パーティの当日ともなれば大量の客が招かれるであろう屋敷はまだ静けさを保っている。召使を見つけて話をすることもあったが、それが過ぎればまた静寂に包まれた。
 話を聞いた限り、バーナーズ伯爵家は伯爵と伯爵夫人、それに伯爵令嬢の三人のみだという。伯爵は書斎にこもることが多く、伯爵夫人はお付の召使を連れて出かけているのだ。召使にしても、バーナーズ伯爵夫人の希望で静かで落ち着いたものたちがそろっている。
 猫を模して作られたであろう彫刻を眺める。目を引く彫刻ではあるのだが、手入れはされていないらしく少々劣化し始めている。次の美術品も大して代わり無い有様だ。
 目だった音の無いなか、時間だけが静かに過ぎていく。
「うん?」
 わずかに。ほんのわずかに音がしたような気がして、リューは廊下の先を見た。続く音は無い。廊下の先には今までと同じ静寂が広がっている。
 だが興味を引かれて、リューは奥への一歩を踏み出した。
 数室の部屋を通り過ぎる。またわずかな音を聞き取って、リューの長い耳がピクリと動く。やがてリューはある部屋の前で足を止めた。
『部屋には入らないでくれ』
 伯爵の言葉を忘れたわけではない。しかし、リューは扉を開けることをためらわなかった。
 その部屋には愛らしい小物が沢山置かれていた。色調は桃色を中心としたもので、レースも多く使われている。しかし部屋の住人らしい少女は豪華な部屋の中でぽつん、と所在なさげに床に座り込んでいた。
 まだ幼い少女だ。肩までの長さの銀糸にも似た髪、薄紫の大きな目。肌は病的なほどに白く、唇の色も赤というよりは紫だった。黒い、レースが付いたドレスを着ており、裾は床についてしまっている。
 少女の周りには木で作られた人形が転がっていて──その一体は壊れていた。手と足と胴体と頭がバラバラになっている。
 少女はリューが扉を開けたことも気付かない様子で人形の足を持ち、放り投げた。乾いた音がして足が転がる。菫色の瞳はそれを追いかけて、興味なさそうに瞳はそらされた。
 リューは音もなく少女へと歩みだす。ようやく人の気配に気付いたのか、少女がリューを見た。その瞬間、瞳におびえが走り、か細い手が素早く壊れた人形を背後に隠す。
 リューは彼女の目の前まで来ると、片膝を付いて彼女の手をやんわりと持った。その手に軽くキスを落とす。
「はじめまして。お姫様」
 極上の笑みを浮かべて、リューは少女にそう言った。少女の目が丸くなる。
「おひめ、さま……?」
「何かお困りのようですが、わたくしに話しては見ませんか? この道化師めが貴方の悩みを取り去ってみせましょう」
「え、ええと──……」
 少女はおどおどとした様子で縮こまった。一瞬、目線が壊れた人形へと移る。口ごもる少女に、リューは片目を瞑っておどけた口調で言った。
「さあ、話してごらんなさい。わたくしの魔法で貴方の悩みを解決してみせましょう」
 しばしの時間が流れた。時間にして数秒。だが少女にとってはとてつもなく長い時間であったことだろう。
 やがて少女はためらいつつも口を開く。か細い声がリューに助けを求めた。



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