人だかりが出来ているな。一体何をやっているんだ。
そう思いながら俺は重い足を動かしてその人だかりに近寄ってみる。
その人だかりの中心には見覚えのある人影があった。
というか、見覚えが無い筈が無い。
あれはラングだ。俺と同じ、こけそびれで冒険者をやっているラングじゃねえか。
どうやら何か芸を……いや、あれは物語か? どうやら物語を語っているらしい。
ラングの声が俺の耳にも届いて来る。
「さあ、その時戦士に何が起こったか──それを予測したものは誰もいなかった」
俺はそれを遠目に見る。何故か近くに寄るつもりにはなれなかった。
……いや。近くに寄れない原因は分かっているんだ。
「ある人は声を発し、ある人は嘆き悲しんだ。しかし、戦士は諦めなかった」
しかし、俺はその原因から逃げようとしているんだ。理由は……くそ。俺って奴は何て臆病なんだ。
「──……こうして、全ての戦乱は一人の戦士によって留められたのである。めでたしめでたし」
早くここから立ち去ろう。今、知り合いに会うと弱音を吐きそうだ……。
「聞いてくれてありがとーございましたっ」
マスターにはもう知らせたし、これ以上知り合いに会う可能性も低いだろう……。
「ダエグ〜。やほー♪」
……しまった。何時の間にかラングが俺の傍まで来ている。何で気付かなかった、俺。
「………お! よお、ラング!」
とにかく何時も通りに振舞おう。俺は片手を上げてラングに軽く返事をする。
ラングは眉間を指差しながら、
「どーしたのっ。むっずかしー顔して。眉間にしわがよってるぞー?」
と言ってきた。
…………思いっきり顔に出てるじゃねえか。
「ん? 寄っていたか? こりゃ失礼」
苦笑しながら手を額に当てる。当てたのは気分でだから、これといった理由は無い。
「何かあったのかい?」
……覚られたか? 流石だな、
「…………実はな、明日の朝一番にヘッポを出ようと思うんだ」
何と無く、本当に何となく正直に話してしまった。
俺の言葉を聞いたラングは少し大げさに驚いた様子で口を開いた。
「おやおや! ……前にぼくに話してくれたこと関連かな?」
その通りさ、流石に分かるか。
「あぁ、少々厄介な事になってな。ここに留まる事が難しいんだ」
「ヘッポを出るぐらい、厄介なこと、ねぇ……んじゃ、ぼくもついていくよ」
「……いや、付いて行くって……。こうして話してしまった俺もどうかと思うが、そんな簡単に付いて行くというのもどうかと……」
「迷惑かな? 君が『邪魔だからついてくるな』っていうならまぁ、ついては行かないけどね。簡単に、ってそんな簡単に言ってるわけじゃないよ? 前に言ったじゃないか。手伝いたいって。君が大変なことになっているのなら、ただ放っておくことなんてできないよ、ぼくには」
ふむ、なるほど。ラングにもラングの覚悟があるという訳、か。まぁ、あいつ等に見つからなければ良い訳だし、恐らく大丈夫だろう。俺も覚悟を決めるとするか。
「俺は明日の朝、馬車乗り場から港湾都市ナルビクに出る馬車に乗るつもりだ。そこからクレに渡ろうと思う。もし、もし本当についてくる気なら……朝一に馬車乗り場に来てくれないか」
「わかった」
「んじゃ、俺は行くな。色々とする事があるんでな」
「ん。ぼくも色々準備しとくね」
俺は軽く笑いながらその場を後にする。
さて、家に帰って準備をするかな。……これ以上誰かに会わないよう、マスターには手紙で知らせるか。
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早朝。
外の風は冷たく、深い霧が出ていた。
現在、俺はラングと一緒に馬車乗り場に居る。どんなに早く来ても時間にならなければ馬車は出ないからな。
俺は横目で隣に居るラングを見る。ラングはローブを着ているが、中に何が入っているかは不明だ。ちなみに俺は何時もの服装ではなく長期間の旅をする為の服装と荷物だった。ちなみに、使い魔のエオーは斜め掛けの暖かそうな鞄に入っている。いや、「そう」ではなく暖かいんだな。
「……寒いな」
とりあえず、会話をしようかと考えた俺は、ラングに喋り掛けた。ラングはすぐさま返事を返す。
「そうだねぇ」
「しかし、ラングは来るのが早いんだな」
笑いながら喋る俺に、ラングもニッと笑って返す。
「そうかい? 君だって早かったじゃないか」
「俺はここに待ち合わせさせた身だしな。それに……これ以上知り合いに会うのもな」
苦笑雑じりで喋る俺に、ラングはフッ、と笑い、
「皆、君がいなくなったら心配すると思うけどな? まぁ、会いたくないっていう気持ちも分からなくはないけれどね」
正しいことを言ってきた。
「……確かにしてくれるかもな。だが、マスターには知らせたし、大丈夫だろうさ」
俺はラングから視線をズラしてエオーを見る。エオーは気持ち良さそうに眠っていた。
「ぼくもマスターには出かけるって言ってきたけどね。旅行だよーってさ。君の場合は状況が違うでしょーが」
「そうだな。俺の場合は出て行くと伝えてしまったし……もう戻れないな。はは。どうするかな」
おどけた様子で喋る俺に対し、ラングがジッと俺を見ている気配がした。そして、真面目な声色で喋る。
「出て行く、ね。……いなくなったことには、皆そのうち慣れるよ。そういうものだもの。だけど、寂しい気持ちはなくならない。……生きていれば、戻れないなんてことはないさ」
視線をラングにズラす。ラングは微笑んでいた。それを見て俺も微笑返し、
「……あぁ、そうだな」
と、返事をした。
そして、会話をしている間に馬車が出る時間になったらしい。
俺とラングは料金を支払い、馬車に乗り込む。
俺は何となく窓から景色を眺めていた。
ラングも特に口を開く事なく、静かにしている様子だった。
その間にこれからの事を考える。
奴等がどう動くか分からない以上、俺は必ず後手に回る。
それは絶対的に不利だ。
一昨日も逃げるだけで精一杯だった。というか、逃げ切れたのは偶然にも近い。
この不利な状況を少しでも抜け出さなければならない。
だから、少々危険だが奴等の懐に飛び込む事にする。
追手は現在、サイコラウンに集中していると考えられる。だから、多少は手薄になっている筈のクレに向かう。
そこで身を潜め、奴等をやり過ごすのが単純だが有効的な手だろう。多分。
だが、問題はそれだけでは無いという事か……。
一昨日襲って来た幹部連中は戦争屋のクムミだけだ。他の連中がどこで何をしているのかが問題となってくる。
……やはり、クレに向かうのも危険か。いや、ヘッポに居たら皆に迷惑を掛けてしまう。それは避けたい。絶対に。
悩んでいても仕方ないな。運命というものに任せてみるか。吉と出るか凶と出るか。
と、悩んでいた俺は外の景色の変化に気付く。
目的地の町が見えて来た。
時間を忘れる程考え込んでいたのかと内心驚きつつ、じっと座っていた。
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馬車から降りた俺は周りを見回しながら口を開く。
「さて、と。久しぶりのナルビクか……」
俺の後から降りてきたラングがポツリと言う。
「よっと……ぼくも久しぶりだなぁ」
それからキョロキョロと周りを見回している。
俺とラングの視線に広がっている光景は、何から何まで石材によって作られた町並みと、大量に行き交う人々であった。
「これから船に乗るわけだが、それまで少し時間があるな。……どうする?」
俺は船の出港時間を思い出しながらラングに質問をした。
ラングは実に簡単な答えを返してくれた。
「んー、軽くそこらへんをぶらつくのでいいんじゃない? 寒いならどこかに入って時間を待つか」
「そうだな。んじゃ、酒場にでも行って時間を潰すか?」
俺はこの町にある酒場を思い出しながら喋る。
「だねー。じゃ、酒場に行きますか」
「んじゃ、あっちだな」
俺とラングは雑談をしながら並んで歩く。
石造りの道はデコボコしており、子供なら転んでもおかしくなかった。
ほんの数分歩き、少し高い土地に位置している大きな酒場に入る。
この町で一番大きく、一番賑わっている酒場だ。俺も数回来た事がある。
酒場の中は賑わっており、様々なヒトが居た。
……というか、華ってやつか? それがあるように感じるのは気のせいか? ……マスター。
俺とラングは適当に空いていた席に座る。
「あ、すみません。珈琲を一つと……」
横目でラングを見る。
ラングも既に注文が決まっているらしく、すぐに口を開いた。
「マスター、ハーブティを。体が暖まるようなやつね」
注文を受けたウェートレスはすぐに引っ込んでいく。
俺とラングはそれを軽く見送った後、関係無い雑談をする。
数分の間待っていると、注文した品が届く。
俺は珈琲に口を付ける。
「流石港町だな、海風の所為で更に寒い」
珈琲によって暖かくなっているカップを両手で持ちながら、笑いを含みつつ喋る。
「ふぅ〜。うん、外は寒いよねー、さすがに中は暖かいけど」
ラングはニコニコとしながらハーブティを飲む。
「ヘッポも随分と寒かったけどな」
笑いつつ、一旦間を空ける。そして、口を開く。
「で、何か聞きたい事はあるか?」
「んー。そうだなぁ……」
少し考える素振りを見せた後、ラングは口を開いた。
「なんでまた、こんなに突然、ヘッポに出てくることになったんだい? 何か情報でもはいったのかい?」
「情報というか……見つかったというべきかな。一昨日の夜にな」
「見つかった?」
「俺の居場所がばれたんだよ、はは」
苦笑をする俺。ラングは特に表情を変えることなく話を続ける。
「ああ……。それで出てきたのか」
「あぁ、迷惑を掛けたくないしな」
「……むしろそういうときは迷惑かけろ、って人のほうが多そうだけどねぇ」
クスっと笑うラングを見て、俺も軽く笑う。
「……だな」
「ま、それをわかってても出てきたみたいだし、ぼくはもう何も言わないよ」
と言い、残りのハーブティを飲む。
「それは助かるな」
俺も返事をしてから残りの珈琲を一気に飲み干し、二人共お代わりをした。
その後、達二人は出航時間近くになるまで、ゆっくりと雑談をしていた。
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そろそろ船の出港時間になるので、俺とラングは酒場を後にする。
これから乗る船は少し変わったタイプの船だった。
水竜と呼ばれる、海中に住む竜に引っ張らせることにより、風の力に頼らずに進めるという代物だ。
通常の船の数十倍の速度で進み、また水竜によって並みの魔物は近寄ろうともしないとかで安全だとか。料金はその分高いが……。
まぁ、いくらこの船が速いからといって乗ったその日のうちに着くわけはない。
そりゃあ水竜が全力で泳げば一日も掛からずに、半日で内海を横断できるだろうさ。だが、それだと間違い無く船はバラバラだな。仮に船が耐えたとしても、かなり傷むだろうさ。それじゃ、次の時に壊れる可能性もある。それに、その度に船を一から作ると馬鹿みたいな金が掛かるからな。一番効率的な方法が、船が傷まない速度を出す事ってわけだな。その速度でも十分速いし、船も傷まない。
しかし、水竜に引っ張らせるとかドラゴン便とか……死にたいのか? 金儲けの為にそんな無茶するか普通。
俺とラングは料金を支払い、船に乗り込む。
そして、デッキで海を眺めながら呟く。いや、正確には船の前方で船を引っ張っている水竜を眺めている。
綺麗な青緑色の鱗を光らせた水竜はただ真っ直ぐを見つめながら泳いでいる。
そんな光景を見ながら、当然の事を口にした。
「……寒いな」
当然だ。今は冬で場所は船のしかもデッキ。寒くないわけがない。空も曇っているしな。
「海も船もひっさしぶりだなぁ〜。ま、この時期で海だしねぇ」
「時期を間違えたか?」
ふざけた口調で喋る俺。
「ああ、間違えたとも! 海といえば夏! ぎらつく太陽、蒼い海、白い砂浜だからねっ」
ラングもふざけた口調で返してきた。
「ふむ、そうだな。やっぱり海というば真夏か……」
右手を顎に当て、考えるフリをする。
「そうだよ〜! 真夏なら泳げるし、海パンでも暑いぐらいだし。海は真夏が一番だね」
ラングはにっこにこと笑う。
「よし! 夏になったら海に行くか!!」
「おお! それはいい考えだ!」
っと、ここで馬鹿な会話を切り上げる。
「で、寒いから客室に行こうか」
「だね。引き上げますか」
二人共笑いながら客室へと足を向けて歩き出す。
何故俺達はこのクソ寒い中、船のデッキでふざけていたのだろうか……。
俺達はそそくさと自分達に割当てられた部屋に引っ込む。
部屋の内装は、実にシンプルなモノで、特に不自由なところは無いが、便利なところも無いといった感じか。
「それでだな。俺達は今からハセの町に行くんだが、知っているか?」
荷物を置きながらラングに質問をする。
ラングは軽く横に首を振りながら、
「んー、知らないなぁ。ナルビクからは別にとこしか行ったことなかったからねぇ」
荷物を置き終わったラングは、ベットに腰を掛けながら返事をする。
「そうか。まぁ、クレの町だしな。知らなくても当然か」
俺もベッドに腰を掛け、ラングを正面に見る。
「クレには陸路でしか入ったことがないのさ〜。海路は初だなぁ」
「海路は海路で楽しいぞ? 陸路も陸路の楽しみがあるがな」
微笑ながら語る俺をラングはにこにこと笑いながら、
「だろうね!」
俺はベッドに寝転がり、少し考えてから口を開いた。
「……ではぶっちゃけよう。今回の旅に目的地は無い!!」
「おお、無いの!?」
「半ば勢いで出てきたからな。当然だ!」
今回は奴等から逃げる事が目的だからな、目的地は特に決めていないんだ。
「なるほど! だったら当然だね!」
手をポンと打ちながらラングは納得する。
「まぁ、目的地は自然とできるだろうさ。それまでは適当に、な?」
「あいさー」
にこにこと笑うラング。俺も軽く笑い返した。
それから、考えていたことを口にする。
「それと、ラングは暫くしたらヘッポに帰らないとな」
「そう? ま、目的地がないならいつものぼくの芸旅行と一緒だし。しばらく帰らなくても大丈夫だろうさ」
微笑ながら、しばらくは帰らなくても大丈夫だろうさと喋ったラングを驚きの目で見つつ、思った疑問を口にする。
「暫く帰らなくても本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ? ぼくって結構そういう生活してきたし」
「そうなのか? ……まぁ、ラングがそういうのならそうだろうな」
起き上がり、窓の外を見る。
船が凄い勢いで進んでいることが分かった。
「そうそう。故郷を出てからずーっとこういう生活だもん」
手をヒラヒラとし、にこにこと笑うラングだったが、俺は窓の外を見ながら一つの言葉が頭に張り付いていた。
「故郷、か……」
「ああ……クレにあるんだったね。ダエグの故郷は」
俺の故郷、ウィルド。クレ領内でも数少ない町として有名な町である。その歴史は古く、数百年も続いている。
「あぁ、そうだ。……ひょっとしたらこの旅の間に寄るかもな」
「そうかもしれないね」
さて、そろそろ会話を切り上げて眠るかな。
「さて、と。少し寝ておくか? これからの事を考えて」
「そうだね。寝よう、寝よう!」
俺はベッドに横たわると目を瞑る。
色々な事が思い返される。
ヘッポ=コーマルで起こった色々な出来事が。
出会った色々なヒトが。
そして、遠い過去の約束が……。
俺は、それを全て捨ててしまった様な気持ちになった。
いや、捨ててしまったのかもしれない。
俺は自分に苦笑しながら眠りに落ちていく。
……アンディに奢る約束していたっけか。
…………忘れよ。