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建物の管理人から鍵を借り、男は扉を開ける。すると目の前には混沌のような状態が広がっていた。 「ここで何か事件があったらしい。それを調べるのが今回の仕事だ」 「はい」 男が背後にいる女に説明する。女は神妙な面持ちでうなずいた。耳の下で短く切りそろえられている黒髪がさらりと揺れる。 その様子を見て、男は白髪の混ざる頭をかいた。 「まぁ、そう硬くなんなや。どうせ建前のために俺達警備隊が見に来たってだけなんだ。事件の解決しなきゃ首になるってぇ訳でもねぇし」 「わかってます」 「んー、ならいいんだが。とりあえず手分けして事件の痕跡探すぞ」 「はい」 男と女──警備隊の二人が訪れたのは事務所だった、場所だ。管理人曰く、そこそこ繁盛していたらしいということだが、いまやその影もなく半壊している。 事件の資料であろう冊子は床に散らばり、入れていたはずの棚は倒れている。窓ガラスは原型をとどめていない。警備隊に通報があったのも、この割れたガラスが外の道に降り注いだからだ。 周囲の証言からすると、銃声が何発も鳴り響き、乱闘の音が聞こえていたという。 それを証明するように硬い床に血痕が点々と落ちていた。女は神妙な面持ちでそれを見つめる。 「こりゃ、借主に何かあったんだろうな」 女よりも一回り以上年上に見える男が何でも無いことのように言った。 「大方、裏に深入りしすぎて報復にあった、ってぇとこだな。なんか無いか探すぞ」 「はい」 あたりを見はじめた男に女も続く。男が一番乱闘の様子がひどい部屋を見ている間に女は別の部屋を回った。もちろん人影はなく、どの部屋もほとんど荒らされていなかった。 最後の部屋のドアノブに女は手をかける。 そこは寝室だった。二人用の寝台には使われた痕跡が残ったまま。女は寝室のクローゼットやら寝台のしたやらを確かめ、寝台のそばにある机に近づいた。 木で作られたその机にはランプが置いてあった。そして一つ、鍵穴つきの引き出しがある。 女はいたわるように引き出しの取っ手に触れた。ゆるゆると引く。引き出しは静かに、あっけなく、開かれた。 引き出しの中から現れたものに、女は手を伸ばす。小さな箱。何の変哲も無い、でもそれでいてどこか暖かい……。箱を、開ける。そこから出てきたのは。 「っ」 きらりと光る、 箱を手にしたまま、女はその場にしゃがみこんだ。こみ上げる感情を無理やりに押さえつける。息を詰め、声を抑えた。 やがて、男の声が響く。借主から管理人への連絡が来たらしい。事件性は薄れたという連絡とともに、二人は撤退することになった。 女は紫色の瞳をこすり、「はい」と平然とした返事をする。立ち上がったときにはここへ来たときの彼女へ戻った。 警備隊の二人は元事務所を出た。元事務所はもうすぐ片付けられるだろう。引き出しの中の箱は消えたまま──。 先に歩いていく男の丸まった背中から目を外して、女は割れたガラスを見上げた。その向こうに確かにあった過去のまばゆさに目を細める。しかしそれは一瞬のことで、彼女はすぐに視線を前へと戻し、毅然とした態度で歩みを再開した。 甘い思い出も、切ない感傷も全部抱えたまま 先へ、上へ、と進んでみせる ──後悔なんか、しない。 もう二度と。 |