夢に見るほど望むもの


 ジングルベール、ジングルベール、鈴が鳴るー……。

 どこからかクリスマスソングが聞こえてくる。今頃世間一般の人々はクリスマス商戦側に乗り出しているか、家族や恋人とクリスマスを謳歌していることだろう。
 私はといえば、一応─本業は高校生だ─雑貨屋を営んでいる身としてクリスマス商戦にちゃっかり乗っていたりする。
 雑貨屋のほうも裏の仕事もそこそこ繁盛していて、予定はみっちりだ。毎年、この頃になると同級生からクリスマスパーティーに誘われたりもするけれど、一度も行ったことはない。
 だいたい、何故私が誘われるのかもわからないのだけれど。
 かなり昔から仕事をしているため、私はしっかりクリスマスというものを楽しんだことが無かった。ケーキを食べるでもなく、プレゼントをもらうでもなく、忙しい稼ぎ時。
 けれど、今年はそうも行かないわけで。

『すごい混雑ですねー。やはりイブだからでしょうか』
 テレビからアナウンサーの声が漏れ聞こえてくる。そのテレビに食い入るように見入っているのはまだ年端も行かない少年だ。相馬裕樹。今年の夏ごろから訳あって、共に暮らしている。
 まだ小学六年生の彼は、テレビを見ながらなにやらため息をついた。

 そう、今年はこの子がいるのである。大分一緒に暮らす生活に慣れてきて、はじめての大きなイベント。
 そして私は個人的に、子供に夢は持っていて欲しいとひそかに思っていたりする。

「裕樹はサンタさんに何かお願いしましたか?」
 優しい笑み─営業スマイルにならないよう気をつけて─を浮かべ、私は裕樹に尋ねた。裕樹はコタツのテーブルに頬をつけたまま、ちらりと私を一瞥する。
「サンタなんていねーよ」

 ……思いっきり夢無いし。

「いや、いますよ。サンタさんは」
「ノルウェーにってか。どうせプレゼント持ってくるのは親だろ」
 はっきりきっぱり言い切ってしまう裕樹。いや、確かにそうだけど、そんな見も蓋も無い……。私は笑みを崩しそうになりながらも、裕樹の隣に座った。
「信じたほうが得ですよ。プレゼントももらえますし。さあ、何をお願いしたんですか」
「してねーって。それに信じたほうがとくって……おもいっきり夢ないじゃんか」
 あ、しまった。いや、実際私もいないって最初から知っていたのでどうしても損得で考えてしまう。
 私が固まっているのを感じ取ったのか、裕樹はまたため息を吐いた。
「だいたい、ほしいものなんてないし。ほしいものもらったことないし。だからサンタなんていないんだよ」
 裕樹はコタツから出て立ち上がる。奥のふすまへ向って歩いて行き、直前で足を止めた。顔だけを私のほうに向ける。
「西月だっていそがしいんだろ。おれに気使わないでいいよ。おれ、もうねるから。おやすみ」
 居間から出て行った裕樹の目は不自然なほどに大人びていた。

 プレゼントを上げるのはどうやら無理そうだ。欲しいものが無いと言い切られてはどうすることもできない。子供の欲しいものなんて、私にはわからないし。
 私はテレビから今だにアナウンサーの声が聞こえることに気づいて、リモコンを手に取った。どうやら裕樹が消すのを忘れたらしい。そのままリモコンをテレビに向ける。と、あることに気づいて手を止めた。

 画面に映っている光景と、さっきの裕樹の台詞。
『ほしいものもらったことないし』
『西月"だって"いそがしいんだろ?』
 そして画面に映っているのは手をつないだ親子連れで。ため息を吐いていた裕樹の姿が脳裏に浮かび、私は僅かに口の端を上げる。

「……欲しいものが無いなんて、嘘ですね」

 こんなにもわかりやすく、主張しているのに。



 雪の降る音が聞こえてきそうなほど、住宅街は静かだった。
 月は高く上がっている。残業が終わって慌てて帰るサラリーマンが身震いを一つした。
 そのサラリーマンと入れ違いに歩いていく影がいる。ざく、ざくと雪を踏みしめ、ある一つの木造立ての屋敷の前で立ち止まった。
 影の手がインターホンへと伸び、住人に来訪の合図を鳴らす。

 ピーンポーン……。

 余韻すらも消えてしまうほど待つが、応答が無い。影は困ったように眉をひそめ、もう一度インターホンに手を伸ばそうとしてやめた。
 迷っているらしく、何度も伸ばそうとしてやめるを繰り返す。
 そうこうしているうちにばたばたと走ってくる音がして扉が開かれた。屋敷の主が顔を出す。
「すみません、ちょっと立て込んでて」
 珍しくも慌しくかけてきた西月はそういって苦く笑った。肩に雪を積もらせた男はいや、と首を振る。
「寒かったでしょう? 少し休んでから出かけましょう。幸い、今日の仕事は去年より少ないですし」
 西月の提案に、男は一瞬固まって、だがああ、と頷いた。ポケットの中に仕舞いこんでいる手を握り、あるものの感触を確かめる。
 家の中に招き入れられてすぐ、西月はお茶を入れますね、と奥へ消えた。
 取り残された男は首を動かさないまま、きょときょとと辺りを見回す。
「あ、そうそう」
 そこに顔を出した西月にぎょっとして、続く台詞に固まった。
「裕樹の部屋は二階ですから」
 笑顔である。とてもほのぼのとした笑顔である。まるで、最初から男の目的を知っていたかのごとく。
 男は仄かに頬を染めて、ああ、とまた頷いた。

 全て見透かされているならば、隠す必要も無いだろう。男は茶を入れてもらうのも待たずに階段を上った。勝手しったる人の家。二階に上がればどこの部屋が裕樹にあてがわれているかぐらいすぐにわかる。物置や書庫として使われていた部屋を片付けてはいないだろうから──。
 男はそっとドアを開けた。思ったとおり、二階にあった客間が裕樹の部屋になったらしい。ドアを開けたまま中に入り、廊下の明かりを頼りに裕樹の枕元へと歩む。
 静かに寝息を立てている息子の顔を見たのは何ヶ月ぶりだろう。仕事が忙しくてまったく来ることが出来なかった。
 男は息子を起こさないよう気遣いながら、そっとポケットからプレゼントを取り出す。何を上げれば良いか悩んで、結局ゲームソフトになってしまった。気にいるといいのだが。
 ゲームソフトを息子の枕元に置く。その瞬間、がしりと手を鷲づかみされた。男はほんの僅かに─それでも男にしては目一杯に─目を見開き、動きを止める。
「プレゼントだけおいていこうとすんなよ」
 むくれた声が男の耳に届いて、男は息子に目を落とした。いつの間にか息子は目をあけて、ベッドに手をついて起き上がっている。何が気に入らないのか、ムッとしていた。
「よるおそくても、おこせ。いつもいつもプレゼントだけおいていなくなってんじゃねーよ」
「裕樹」
「おれはプレゼントよりサンタに会いたかったんだからな! いっつも!!」
 つりあがっていた裕樹の目が下がる。くしゃりと顔を歪ませた。目が潤んでいるように見えて、男は腰を折る。そっと息子を抱きしめた。
「ばか親父」
 ついにポロポロと泣き出した息子の背を、男はぎこちなく撫でる、

 コンコン、とノックの音がして、裕樹は父親の肩越しに部屋の入り口を見た。遅れて男も抱きしめる手を緩めてそちらを見る。
 緑がかった黒髪の美青年がにっこりと笑った。
「クリスマスプレゼント、気に入りました?」
「ばっちりな」
 裕樹が負けじとニヤリと笑って返す。男だけがどういうことだと眉根を寄せた。怪訝な顔をした男に西月が微笑みながら言う。
「貴方が来たとき、私が先に裕樹を起こしたんですよ。私から裕樹にクリスマスプレゼントを渡すために」
「……西月、それは」
「はい。仕組んだってことです。まぁ、貴方へのクリスマスプレゼントも兼ねてしまったような気もしますから、それで許してください。もう一つお詫びに、今日の仕事は私一人でしますから」
「西月、それは」
「それとも、息子さんを置いていくつもりですか?」
 男の言葉をさえぎって、西月が目を細めた。同時に息子に衣服を強く掴まれて、男は静かに息を吐く。
「わかった」
 承諾の声を出せば、西月の笑みが深まった。息子が喜んでいる気配もある。
 クリスマスはいつも仕事だったけれど、こんなクリスマスもたまにはいいか、と男は思った。


裕樹12歳。同居して間もない頃。まだまだ幼い。