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夜に祈りを 夜だった。まだ少し肌寒い夜で、月が雲の切れ間から見えている。 そんな夜に、教会の前で彼は友と対峙していた。 「どうしても、行くんですか」 出来るだけ感情を出さないように、と抑揚無く問いを発する。彼のわずかに目を覆うほどの長さの金髪が月夜に煌いた。髪と同じ色の十字架が首から下げられている。まとっている服は黒く、厳粛なものだ。 彼の問いに友はわずかにあごを引く。その動作に彼が目を細め、上背のある友を見上げた。 「死ぬのに……?」 声がかすれる。口に出せば本当になってしまいそうで怖い。叫びたくなる衝動を堪えた。 そんな彼の心情に対し、友は清々しいとも言える笑みを浮かべる。 「それでも、行かなければいけないんだ」 「彼女はどうするんですか」 「……頼む」 思わず責めるような口調で言えば、友は短くそう言っただけだった。 彼は強くこぶしを握った。相手を責め立てる言葉が脳裏に浮かぶ。だが友の覚悟を決めた、それでいてどこか影のある表情に何も言えなくて。 こみ上げて来る激情に彼はうつむいた。顔に手を当てて歯を食いしばる。 記憶の中にある彼女と友の幸せそうな笑顔が儚く消えていく。 いずれ一緒になるつもりだと言葉少なに語っていた友の様子を覚えている。照れたようにはにかんだ彼女のことも覚えている。あのころは当たり前に、二人の結婚する日が来るのだと思っていた。それは誰もが同じだっただろう。今、行こうとしている彼ですら。 「……わかりました」 声が震えた。それでも全ての感情を飲み込んで、彼はまっすぐに友を見つめる。 「彼女のことは任せてください。……その代わり、条件があります」 「何だ」 彼は静かに両手を差し出した。 「剣を、私に貸してください。そして地面に片膝をついてください」 友は彼の言葉の意味を察してか、わずかに目を見開く。だがすぐにすばやく剣を鞘ごと外し、彼に渡した。地面に片膝をつき、頭を垂れる。 友から受け取った剣を持ち直し、彼は冷たい夜の空気を吸い込んだ。ゆっくりと声を空気に溶けるかのように吐き出していく。 ──神よ。戦場へと歩むわが友に祝福をお与えください。困難にぶつかろうとも、それを超えていく勇気をお与えください。 静かな祈りをつむぐ。彼は一瞬考えるかのような間を置いて、続けた。 ──そしてどうか、友が大切な人の元へ戻れるよう、あなたが側にあってお守りください。 ぴくり、と友がわずかに反応した。 彼は声を震わせそうになる自分を、祈りを途切れさせそうになる自分を叱咤する。 ──この祈りをあなたの愛する神子の御名によって、御前におささげいたします。 “アーメン” 最後の言葉が重なった。祈りを終えた彼は微笑みすら浮かべて、友に言う。 「生きて、帰ってきてください」 「……ああ」 友は笑ってうなずいた。 友が去っていく姿を彼はたった一人、見つめた。だんだんと遠くなっていく背を、ただ静かに見送った。 友の背がにじむ。──ゆらぐ。 彼はかすむ目をこすった。こみ上げてくるものをこらえる。これを表に出せば、もう自分は立っていられない。そんな気がしていた。 友を信じるために、気丈に立っていないなければいけないと思った。 だから彼は溢れそうになるものを心の中に押し込める。そうして心の中だけで泣いた。 夜だった。ほとんど音のなく静かな夜で、月明かりが優しく彼を照らしていた。 友が去ったのは、そんな夜だった。 *突発性競作企画 第16弾『 Dripping of tears 』参加作品。 執筆者サイト→空の片隅 小説直通 |