囚人と私


 カツン、カツン……。

 己の足音が石作りの塔内に反射している。
 私はゆっくりと階段を上っていく。中央の吹き抜けに通る風を感じながら。

 階段の中腹にある、一つの鉄の扉の前で私は足を止めた。
 手に持っていた重い鍵を使ってそれを開く。
 目に入ってきたのは一人の男。彼は腕につけられた鎖をじゃらりと揺らして、私を見上げた。

「あんたか」

 どこか安堵したような、目。

「珍しいな、あんたがじきじきに来るなんて」

 男は苦い笑みを浮かべる。

「それで? 何しにきたんだ? ……おれの刑の執行日が決まったか?」

 いいや、と私は呟いた。
 目を丸くした男は、それじゃあ一体何のために、と言葉をこぼす。

「お前を外に出すために」

 私がそういえば、男は目をますます丸くし、だがすぐ顔をしかめた。

「馬鹿言うんじゃねぇ。おれは死刑囚だぞ。それとも、生かして逃がすことがお役所の決定なのかい」
「お前は明日縛り首の予定だ」
「じゃあなんだって……」

 困惑している男に構わず、私は奴の腕の鎖を外す。
 金属音と共に鎖は地に落ちた。

「お前が殺した女が、それを望んでいるからだ」
「馬鹿いうんじゃねぇ。おれはアイツを」
「事実だ」

「おれはごめんだね。生きるなんて」
「生きろ」

「っ! あんたはいいのか!! 妹を殺した奴を逃がすなんて!」

 奴の言った言葉に胸が震える。事実を突きつけられ、私は喉元まで言葉がでかかった。

 奴に、死刑を。

 そう望んでいた。妹の意思を知るまでは。
 私は深く息を吸い込み、言葉を飲み込む。

「生きろ」

 私の気持ちなど、二の次でいい。

 男は私の瞳に何かを見たのか、顔をくしゃりと歪ませうつむいた。

「……殺せ。殺してくれ」
「断る」
「おれを逃がしたら、あんたもただじゃすまないだろ」
「構わんさ」


「殺せよ」
「断る」
「殺せ」
「断る」
「殺せ!!」

 男の瞳が向けられる。まっすぐな、懇願の。
 私は静かに口を開いた。

「嫌だ」

「アイツへの、弔いのつもりか……。立派な兄だな」

 ちくり、と男の言葉が心に刺さり、私は目をそらす。

「私はそんな良い人間ではない。買いかぶらないでくれ。私のこれはただ、あの子への懺悔に過ぎない」
「自分のとこから放したくないからって、おれとの結婚を許さなかったことか。んなこと、アイツは気にしてなかったぞ」
「だが、お前があの子を殺してしまったのはそのせいだ」

 私は息を一つ、吐き出した。

「全て、もう遅い。あの子は私の全てだった。あの子がいない今、私があの子のためにできることといったら、お前を逃がすぐらいしかない。あの子は誰の死も望まなかったから」

 自分の死以外は。


 男は静かに立ち上がった。ふらふらと外へ出る。
 後を追って、私も外へ出た。扉を閉める。

 死刑囚を逃がしたとなれば、今度は私が死刑囚だろう。だが、そんなことはどうでもいい。
 ただ、妹の望みを叶えられれば─……。

「なぁ、兄さん」

 少し階段を下りたところで男が立ち止まった。話しかけられて私は奴を見る。

「アイツがいない世で、生きててもしかたないよな」

 それは同意を求める言葉で、私が答える前に私と男の体は手すりの無い階段から飛び出し、中央の吹き抜けに身を躍らせていた。
 男が私を押したのだ。

 落ちていく中で、私は言葉を返した。

「ああ、そうだな」