真影は其処に


 恨まれている男がいた。

 その男は人を傷つけ、騙し、殺して、金を、物を奪った。

 沢山の人が彼を恨み、憎んだ。そして今度は自分が彼を殺そうと、復讐の炎を燃やす。
 男の住居がどこにあるかを突き止めるのは簡単なこと。近所の人は尋ねられるたびにうんざりした風で近くの小高い丘を指差す。
 あそこに男の住居があるのだと──。
 それを聞いた復讐者は怒りのままに丘を登っていった。右手に持った武器を硬く握り締めて。
 彼らを見送り、近所の人は止めていた掃除に精を出す。それから小さく息を吐いた。
「どうせ戻ってくるでしょうに」

 復讐者は丘を登りきった。彼らの目に見えたのは今にも崩れそうな家にその傍らにある枯れかけた木。そして家の前に座り込んでいるとても儚い人影──。
 どきりとして復讐者は足を止めた。俯いていた人影がゆっくりと顔を上げる。
 それは一人の女であった。長い痛みきった金髪を無造作に結い、つぎはぎだらけの服を身に纏っていた。その顔には明らかに疲労の色があったし、頬もこけていた。
 瞳に欠けていた生気が宿る。復讐者がたじろいだ。
「貴方も、夫に会いに来たのですか……?」
 今にもかき消されそうなほどか細い声が女から発せられる。復讐者は咄嗟に手に持っていた短剣を背後に隠した。女の眦から涙が零れ落ちる。
「あの人は今はおりません。どこにいるか、私が知りたいぐらいです。私は一年ほど夫を待っていますが、何の連絡もありません。申し訳ありませんが、お引取りください」
 そのまましくしくと泣き出した。
 復讐者は居辛くなって、また来る、と言い残してその場を去る。

 戻ってきた復讐者に近所の人は言った。
 ほら、やっぱり居なかったでしょう? と。










 恨まれている男がいた。
 その男は人を傷つけ、騙し、殺して、金を、物を奪った。
 男の住居は簡単に見つけられたが、そこにいるのは彼の妻だけだった。

 男が真にどこにいるかは、誰も知らない。





 復讐者達がまた帰る。近所の人は女を哀れに思って、女の食事の世話をしている。
 女は愁傷に頭を下げて、すみませんいつも、と近所の人に謝る。

 いつも男の帰りを待っている女は日が沈んだ頃にようやく家に入った。
 とぼとぼと何の物音もしない家の中を歩き、寝室へ向う。
 そこは昔女と男が共に寝泊りしていた場所だった。愛を語り合ったこともある。
 寝室の扉を閉め、そうして女は笑みを浮かべる。かさかさに乾いた唇を弧の形にゆがめ、瞳に狂気を宿して笑う。
 その目線の先には寝台の上に横たわったモノがある。女はそのモノの傍らに腰を下ろし、優雅に指を滑らせた。
「もう少し、待って。ぜぇんぶ私が手に入れられるまで、もう少し……」
 人型のモノは動かない。ただ最期に見た光景に絶叫した表情のまま。
「もうすこぉし、待っていてね」

 少し経ったら、この家は無人になるだろう。
 残されるのは人型のモノだけ。女はモノのくれた全てを持って、どこかへと消えるのだろう。















 恨まれている男がいた。
 その男は人を傷つけ、騙し、殺して、金を、物を奪った。
 男の住居は簡単に見つけられたが、そこにあるのはモノだけだった。一年も前にモノになったそれだけだった。



 誰も、男の妻であった女の行方を知らない。