私は太陽まで飛びたかったのです。
 飛べば何かわかるような気がしていたのです。
 ですが気がしていたというのは所詮、気がしていただけですから、飛べたとしてもわからなかったのかもしれません。
 それよりも前に気づくべきだったのかもしれません。
 そこまで飛べるわけが無いことを。
 がんばったのです。がんばって羽ばたいたのです。ですが結局、私は志半ばで力尽きてしまったのです。
 あ、と思ったときにはもう遅かったのです。力尽きたらどうなるかということを、その時の私はとんと失念していたのでした。
 ですが、後悔してももう遅いのです。
 私の体はまっさかさまに空から滑り落ちているのですから。
 こんなことになった原因を、私は落ちながらゆっくりと考えていました。


  思考家は天へと登る


 その日も私は空を見上げていました。電線の上に止まって、です。少し良すぎるくらい良い天気でした。太陽は今日も頭上で元気に輝いています。私は電線の上で彼を眺めながら、彼が顔を出し続けている理由を考えていました。
 隣には仲間がいます。仲間達ははいつものようにぺちゃくちゃとおしゃべりをしました。
「聞いた? 六丁目のポンタ、太りすぎて塀が越えられなくなったんですって」
「ううむ。いずれそうなるであろうとは思ったが、ついにか……」
 三丁目の姉さんが口火を切って、それを聞いた長老がくくくと笑います。他の仲間達も笑います。
 ポンタ、というのはネコの名前です。ニンゲンさん達曰くひまらやなんとか、という種類だそうです。ふわふわした白い毛とビー玉みたいな青い目が私達の間では密かなあこがれです。
 ですが同時に敵でもあります。うっかり地面に降りて居ようものなら、ポンタは容赦なく私達の仲間を捕まえます。その後どうなったかは、押して知るべし、です。私は思い出したくも有りません。
 その敵も、塀が越えられなければ恐くはありません。
「見に行ってやるチュン」
 ネコのポンタという名前と同じぐらい、馬鹿らしい語尾のチュン輔がそう言いだして、私も一緒に行くことにしました。「太陽が顔を出し続けている理由」という難題の前に、「塀が越えられなくなったネコの心理」を追求するのも良いかと思ったからです。
 六丁目に行くと、既にたくさんの野次馬──私達は馬ではありませんが──がポンタの家の周りに集まっていました。私達の仲間だけでありません。集まっているのはハトさんやらカラスさんやらムシさん──あ、食べられました。カラスさんに食べられました。うらやましいです。
 ともかく、ポンタに被害にあった人々──あくまで比喩です。うるさい仲間が居るので忠告をば──が集まっています。
 チュン輔と私もその合間を縫って、塀にとまりました。そっと家の中のポンタをのぞきます。
 ポンタは窓の側に座って、こちらをじっと睨んでいました。ですが塀のこちら側に居る限り追いかけられないことを知っているのでしょう。外には出てきません。その様子からしても、姉さんの言っていたことは事実だとわかりました。
「ははは、ざまー見ろ、だチュン」
 またうそ臭い語尾のチュン輔が笑いをこぼします。それに吊られて周りにいる方々も笑い出しました。ポンタはムッとしたようでしたが、窓辺に腹ばいになり、前足にあごを乗せました。気にしていないといわんばかりです。ですがその耳が小刻みに動いているので、気にしていることは明らかでした。
 ますます笑い声が大きくなります。
 私は彼が惨めだと思いました。塀も越えられなくなったネコである彼は、私達に笑われるしかないのです。
 その惨めさに同情すらしてしまって、私は笑うことも出来ないで彼を見つめていました。
「はっ」
 愉快な笑い声の中に、冷笑が一つ響きました。彼をじっと見ていた私にはわかります。その冷たい笑みは、ポンタがこぼしたものでした。
 途端に仲間達は静まり返って、ポンタを見つめました。口元がひくひくしている方も居ます。何を反論してくるのかと考えて、おかしくてたまらないようです。
 ポンタはどこか余裕のある表情で私達を見上げました。
「んなとこで油売ってる暇あるなら、誰かの役に立ってみろよ。誰かに必要とされてみろよ」
「……は?」
 言われた仲間達は目を丸くしました。私も訳がわからなくてじっとポンタの顔を凝視します。
「今や俺らの価値はニンゲン様によって決まるんだぜ? ニンゲン様の役に立たなきゃ、価値無しってこった」
 んな馬鹿な、と仲間達は笑います。ニンゲンからの価値観など、何でもいいと笑います。ですがポンタはあくまで真剣なのです。真面目に言っているのです。
 仲間達とポンタの間には温度差があるのだと、私は気がつきました。飼いネコであるポンタと、私達。
「あんたは誰かに必要とされてるのかい? 役に立ってるのかい? 塀も飛び越えられないのに」
 仲間達の一人がポンタに尋ねました。その口調はいかにもおかしそうです。
 ポンタは胸を張って答えました。
「ああ必要とされてるさ。役に立ってるさ。俺が居なくなりゃ、飼い主様は大あわて。俺が遊んでやれば、飼い主様は大喜び。塀が飛び越えらん無くなったのだって、飼い主様の愛情の賜物だ」
 にやりと笑って言い切って、ポンタは続けました。
 お前らはどうなんだよ、と。
 私達はポンタの自信有る様子に、一瞬戸惑い、ざわめきます。ニンゲンに必要とされるか、ニンゲンの役に立っているか、そんなこと考えたこと無かったのですから。
 その間にもポンタは飼い主に呼ばれて行ってしまいました。
 仲間達は二手に分かれていました。ポンタを笑った仲間のようにニンゲンなんてどうでもいいという方々と、いやいやポンタの言うことも一理有る、という方々です。
 チュン輔はすっかりポンタの言うことを真に受けてしまったようで、必要とされているかどうかをうんうんと考えています。
 私はといえば、ぐるぐる悩み議論する仲間達から離れて、公園へと向かいました。もうすぐお昼だからです。
 幸いなことにその日は考え込む仲間が多く、いつもより多く食事を取ることが出来ました。
 いつもえさをくれるお爺さんは嬉しそうです。お爺さんが嬉しそうなら、私はお爺さんの役に立っている、必要とされている、ということなのでしょう。
 いえ、そうではないのかもしれません。お爺さんは「私」が必要なわけではないのです。私の仲間が要ればそれで事足りてしまうのです。
 私は必要とされているのでしょうか。
 いざ満腹になった今になって、ポンタの言っていたことが気になってきました。これはゆっくりと思案しなければなりません。
 街路樹の枝へと飛び移り、足で枝をしっかりとつかんで、翼を体に密着させて首をうずめます。この格好が落ち着くのです。
 ニンゲンに必要とされているか否か。ニンゲンの役に立っているか否か。
 それよりも前に私達がニンゲンを気にするべきか否か、を考えなければならないのでしょう。これは難題です。「太陽が顔を出し続けている理由」を見つけるのと同じほどの難題です。
 ニンゲンを気にしたほうが良い、というのは一理有ります。何故なら私達の生活にニンゲンが不可欠だからです。不可欠、というより排除するのは不可能と言ったほうが良いでしょうか。ニンゲンはそこかしこに居ます。居ないところなどほとんど無い、というほどに居ます。私達が生活しようとすれば、ニンゲンの側で生きるしかないのです。
 ところがニンゲンというものは、こちらのことなど考えない節があります。カラスさんが作った巣をすぐに撤去してしまうのです。私達が集まっていると踏み込んでくるニンゲンも居ます。その後大抵笑い出しますが、何が愉快だというのでしょう。
 ゴマをするのは正直好きではないのですが、ニンゲンに力があることを考えるに少しはすっておいたほうが良いのでしょう。
 では気にするとして、私はニンゲンに必要とされているのでしょうか、役に立っているのでしょうか。
 答えは否であり是であります。何故ならニンゲンは私を固体識別していないでしょう。私は思考癖こそ有りますが、そこらに居る仲間となんらかわったところはありません。私達全体を必要とし、役に立つと思っているとしても、「私」は必要とされておらず、役にも立っていないのです。
 どうすれば役に立てるのでしょう。必要とされるのでしょう。私が出来ることというのはなんでしょう。
 私が出来るのは考えること、そして空を飛ぶことです。空を飛ぶことは私の仲間達も出来ますから、私自身だけが持っているものといえば考えることでしょう。
 考えることと空を飛ぶことで、何かできることは無いでしょうか……。
 それにしても、暑いです。葉の影にいる今は幾分マシですが、暑い。私がニンゲンならば汗が吹き出そうです。実際ニンゲンは暑そうにぐったりとしながら道を歩いています。
 それもこれも太陽が顔を出し続けているためです。暑いのは私も好きでは有りませんから、ポンタのところへ行く前にその理由を考えていたのです。
 何故、太陽は顔を出し続けているのでしょう。
 いけません。私は今別のことを考えているのです。ニンゲンの役に立つ方法を……そうです!
 閃きました。ぐっどあいでぃあ、です。
 ニンゲンは暑さでまいっています。私はそのことを知っていて、太陽が顔を出し続けているために暑いのだということもわかっています。ニンゲンもわかっているのかもしれませんが、どうにもできないのでしょう。私と同じ様に理由がわからないに違いありません。
 ですが私には解決する方法があります。正直反則のようで使いたくはありませんが、暑さにへばっているニンゲンのためです。
 そう、私にはこの翼があるのです。空を飛ぶことが出来るのです。これで太陽まで飛び、理由を直接聞けばよいのです。そして、その理由を解決するなりして、太陽に顔を隠してもらえばいいのです。
 良い思いつきです。空を飛べることと、考えることから導き出される、最高の結論です。
 そうと決まれば即行動。私は木の天辺へと登り、翼を広げました。
 カラスさんよりも、ハトさんよりも小さな翼。ですが、これからの旅を思うと大きく感じます。さあ飛び立ちましょう。あの輝く太陽へと!!!

+++

 落ち着いて考えれば愚かなことをしたものです。暑さと考えすぎで、へんな結論が出たことを、今の私は否定しません。
 太陽ははるか遠くに居るのです。彼のところまで飛べた仲間など居ないのです。今まで出来なかったものが、いつも考えてばかりいる文系な私に出来るわけが無かったのです。
 彼に届くどころか、雲にすら届きませんでした。無念です。
 私の体は落ちていきます。まっさかさまです。
 途中で羽ばたけば落下速度が下がって助かるかもしれません。そんなことを頭では思うのですが、ぐったりと疲れた翼は少しも動く気配が無いので、無理でしょう。落ちたときにはつぶれるのでしょうか。そうしてニンゲンは奇妙な死に方をした私のことを噂するのでしょうか。仲間達も心配するのでしょうか。
 仲間たちは心配しないかもしれません。彼らは強いのですから。いつまでも悲しんでいても無駄なことを、嫌と言うほど知っています。いつも危険と隣り合わせ。ニンゲンと違って、同胞が死のうとも一日悲しんでいるかどうか……。
 思えば、誰からも必要とされないジンセイだったのでしょう。役にも立ったことがありません。ニンゲンのみならず、同胞からも。
 これから私は馬鹿な行動で死にます。それを思うと耐え切れません。消えてしまいたくなります。穴があるのなら入りたい。ですが落ちている身では何も出来ません。
 せめて、せめて、焼け付くような喉の渇きを潤したい。死ぬ前にどうか。
 
 その時でした。ぷよん、という感覚がして、何かに落ちたのは。
 痛くはありません。
 私はしっかりとそこを踏みしめて、顔を上げました。地上ではありません。空の色に近い地面です。何より地上はその地面の途切れた向こう側、下の下のほうに見ているのです。
 ここはなんでしょう。雲の上でしょうか。ですが彼女らはまだまだ高いところに居ます。この彼女だけ、はぐれたのでしょうか。
 私は飛びながらぴょんぴょんと移動します。ぷよぷよしていて、変な地面です。たとえるなら風船に似ているでしょうか。もっとも、風船は私達が爪を立てれば大きな音をして消えてしまいます。彼女がどこへ行ったのか、いつも謎です。
「くずぐったいよぉーーーーーーーーー」
 しばらくぴょんぴょんはねていると、そんな声がしました。低く響く声です。仲間の声とは違います。
 どこにいるのでしょう?
「君の足元に居るじゃないかーーーーーーーーー」
 どうやら地面が喋っているようです。やはり雲でしょうか。ここは親しみを込めて雲さんと言いましょう。雲さんは私の想像よりも声が低く、彼女ではなく彼だったようです。認識を改めなければなりません。
 雲さんはどうしてはぐれているのですか?
「雲ーーーーーーーーーー? 雲じゃないーーーーーーーーー」
 雲さんは雲ではないといいました。では貴方は誰なのですか?
「クジラーーーーーーーーーーーーーーー」
 雲さんことクジラさんは大声で名乗ると、何かをぶんぶんと振りました。推測するにしっぽでしょう。私のものと大きく違いますが。
 クジラ、といえばニンゲンのミセで見たことがあります。ウミという巨大な水溜りの絵の上に、書かれたクジラ。ニンゲン情報によれば、クジラはウミの生き物だったはずですが。
「空クジラーーーーーーーーーー」
 私がぶつぶつと独り言を言っていれば、クジラさんはそう答えました。空クジラ。そういうものもいるとは、まだまだ世界は広いです。私の知らないことがたくさんあるようです。
 それで、空クジラさんは私になんのようですか。
「落ちてたからーーーーーーーーー拾ったーーーーーーー。あのまま落ちてたらーーーーー危ないーーーーー」
 貴方は私の命の恩人、ということですか。ありがとうございます。
「どういたしましてーーーーーーーーーーー」
 何かお礼ができれば良いのですが。
「お礼ーーーーーーーー? いいよぉーーーーーーーーー」
 クジラさんの顔は見えませんが、にこにこと断っている気がして、いいクジラさんだな、と思いました。
 それにしても、暑いです。喉が渇いているのを思い出してきました。太陽が頭上に輝いています。
 クジラさんは喉が渇かないのですか?
「渇かないーーーーーー。渇いたのかーーーーーーーー?」
 この頃太陽が顔を出しっぱなしで暑いですから。私も渇いてますし、仲間もニンゲンもみんなカラカラです。
 私がそう答えると、クジラさんは「そうかーーーーーー」としょげたような口調になりました。
 クジラさん?
「……」
 クジラさんは何故か黙り込んでしまいました。どうしたんでしょうか……。
 クジラさん? 何か私、悪いことでも言いましたか?
「言ってないぞーーーーーーーーーーー……。なーーーーーーー、雨降ったほうがいいかーーーーーー?」
 アメ? それは降ったほうがいいに決まってます。
「雨は必要かーーーーーーー? 役に立ってるかーーーーーーー?」
 必要です。役に立ってます。何で、そんなこと聞くんですか?
 質問の意図が見えなくて、私はクジラさんに尋ね返しました。
 アメ。空から降ってくる水滴。天の恵みというように、アメは必要なものです。降らなくなっては渇いてしまいます。それが今の状況のようなものなのですから。
 クジラさんは私の質問には答えませんでした。ただ「そうかーーーーー」と今度は納得したように言いました。
「送ってやろうーーーーーーーーー」
 結局私の質問には答えないまま、クジラさんは私を地上近くまで下ろしました。
 不思議なのは、地上近くまでクジラさんが降りてきても、ニンゲンはともかく仲間達ですらクジラさんに気づかなかったことです。ニンゲンは極端に鈍いので納得できるのですが、私が気づいているのに仲間達も気づかないというのは謎でした。まだまだ不思議なことはあるようです。

 その日の夜遅く、しとしととアメが降りました。地の渇きは潤されました。次の朝も曇っていて、久しぶりに風が吹くと心地よい日になりました。良いことです。
 ただ少し困ってしまったのは、私が何をすれば良いかわからなくなった、ということでしょうか。
 太陽は顔を隠しました。もう出し続けていた理由を探すことも必要ありません。そもそも前回の失敗で無理だということはいやと言うほどわかりました。
 私は何をすればニンゲンの役に立つのでしょうか。必要とされるのでしょうか。
 仲間達はといえば、一日経って忘れてしまったのか、もう悩んでいる様子もありません。私だけ悩み続けているのも馬鹿らしくなり、「どうすればニンゲンの役に立つのか、必要とされるのか」ということを考えるのは据え置くことにしました。
 そういえば、空クジラさんはアメが役に立つのか、必要かと言うことを聞いてきました。あれと私の悩みはなんだか似ているような気がします。
 もう少しで答えを出せるような、ですが何か足りないような、そんなことを思いながら、今日も私は昼食を元気に食べます。ポンタの様子を見に行きます。
 ポンタはだいえっとをやっているそうです。仲間達はなんだろうと口々に言いました。私は知っていましたが、いいませんでした。
 ポンタが再び塀を飛び越すのも、そう遠いことではないのかもしれません。
 必要とされているから、役に立っているから。だから別に塀のこちらへ来れなくても良い。そういって私達を言い負かしたポンタが、だいえっとをする心情。それについて考えながら、私は家の中のポンタを見つめていました。

 私は今日も、よく考えています。