ある寡黙な魔王の話


 魔王は暇だった。ものすごく暇だった。
「ま、魔王様……?」
 たまたま通りかかった配下のルゥエヌトゥルズ(舌を噛みそうな名だと常々魔王は思っている)が魔王に恐る恐る話しかけてくる。
 魔王は自分の座っていた立派な椅子を分解して犬小屋を作ろうとしていた手を止め、ルゥエヌトゥルズを見た。
 無表情のまま魔王にまっすぐ見つめられ、ルゥエヌトゥルズは見事に固まる。
 そのまま数秒。
 再び魔王が椅子(の残骸)に手をかけようとしたのを見て、ルゥエヌトゥルズは慌てて声を上げた。
「お、お待ちください! それは魔王様のお爺様のそのまたお爺様のお爺様のお爺様の代から受け継がれてきた王座。気軽に犬小屋にされては困ります!」
 青い顔をし、白銀の長い長い髪をゆらしてルゥエヌトゥルズは叫ぶ。
 魔王はそんなルゥエヌトゥルズを見ていたが、やがてまた椅子(の残骸)を手に取った。
「鳥小屋もだめです!」
 魔王の行動を先取りして叫ばれた言葉に、魔王はやれやれという顔をして椅子を元に戻した。
 ルゥエヌトゥルズはほっと胸をなでおろす。そんな彼に影がさした。二メートルはあろうかという巨大な体躯を持つ魔王が彼の前に立ったのだ。
 はるか高みから無言で見下ろされ、ルゥエヌトゥルズはひるんだ。
「な、なんですか」
 魔王は相変わらず無表情を貫いていたが、どうしても深紅の双眸が怪しげに輝いているように見えてルゥエヌトゥルズはおびえる。
 そんなルゥエヌトゥルズに目で背を向けるように指示すると(これは魔王とルゥエヌトゥルズの付き合いの長さが生み出す意思疎通である)魔王は彼の細い肩を掴んだ。
「ひゃっ」
 驚いてルゥエヌトゥルズが飛び上がる。それにもかまわずに魔王は彼の長い髪を掴むとどこからともなくくしを取り出して梳かしはじめた。無表情だがどことなく嬉しそうである。
「ま、魔王様」
 ルゥエヌトゥルズがまた恐る恐る発言した。
「し、仕事が出来ないのですが」
 魔王が見ると、ルゥエヌトゥルズの持っているのは書類である。仕事の途中に立ち寄っただけなのだろう。
 魔王は残念そうにしながらルゥエヌトゥルズの髪から手を放した。
 ルゥエヌトゥルズが一礼し魔王から離れていく。魔王は広い広い部屋の中にぽつんと立っていた。
 部屋の扉に手をかけたルゥエヌトゥルズは、ああと小さく声を漏らして魔王を振り向く。
「そういえば彼女がこちらに向っているという情報が昨夜入ってきました。近々くると思いますよ」
 魔王の目がほんの少しだけ見開かれた。その変化を見届け、ルゥエヌトゥルズはでは、と言って部屋を出て行く。
 残された魔王は先程分解しようとしていた王座に座り、ぼんやり宙を見つめた。
 
 ──騒がしい彼女が来訪するまで、あと少し。