≪あったかもしれない過去と、あるかもしれない未来について≫
『あのね。私ね。幸せ、だったよ──…』
力なく、握られる、手。その手を握り返し、できる限り穏やかに微笑んだ。
『うん』
横に居る“彼女”を彼女はいとしそうに引き寄せて。そうして、微笑みながら、ゆっくりと瞼を伏せた。
そのまま、眠りについた彼女と──
呼び出されたのは、最期だからという理由だった。だけれど、気づけば胸にえぐられたかのような痛みがあって、その痛みはだんだんと全身へ広がっていく。
『どうして』
か細い声で、彼がささやく。
『どうしてお前だったんだ!! 僕が、……僕、だったら。絶対にッ……! どうして!!!』
血を吐くように、叫んで、泣いて。彼の恨みが膨れ上がる。そうして、ふつり、と彼は事切れた。
──恨んだまま、眠りについた彼
彼らのことは、忘れない。
○ ● ○
『これは……ッ』
息を呑む、音が聞こえる。じくじくと未だにやまない痛みに耐えながら、ただ黙ってそれを聞いていた。
ソレは、鮮やかな鮮やかな赤い花弁。そこから伸びた、瑞々しく青い茎と、葉。背筋がぞっとするほど、美しい──……。
吐かれた言葉に、ゆっくりと苦笑を浮かべる。わかっていないと、頭を振った。
『名前をそんな風に呼ばないでほしいなぁ。それに、彼のことを今更そう言うのも、どうかと思うよ?』
『し、しかしあやつはお前に……』
『もう過ぎたことさ。気にしたって仕方がない。……せいぜい、次に同じことが起きないよう祈ろうじゃないか!』
笑っていよう。
笑っていよう。
楽しいほうが好きだから。
くよくよ考えるのは苦手だから。
そっと手を伸ばして、触れる。ひやりと、冷たかった。
『ぼくは芸人になる。君たちが向こうでも、笑ってくれるように。ぼくが笑えるように。みんなみんな笑顔になれるように!!』
『無理だ。これは、私には……』
『わ、わしにできないことが、あるわけが』
『彼女なら、あるいは』
『あたしにも無理よぉ。だってぇ、強すぎるんだもーん』
『あの人が、できなければ、多分……』
『抑えることは、できます。色を失くすことぐらいは。……それ以上は、ワタシにも無理です。
こめられた思いが、強すぎる』
花は蕾に。
鮮やかな色彩は、モノクロに。
『いつか、あなたが生きている間に、あるいは──』
励ますように差し出された、根拠のない希望。キボウテキカンソク。
『うん! これからも探してみるよ!!』
からからと、笑って。その希望を受け取った。
○ ● ○
このままでは、同胞よりは長くないといわれた。だけど、他のヒトに比べたら、ずぅっと長い。同胞の知り合いが、心配そうな目を向ける。それをうとましくは思わない。でも、思う。どうしてそんなに心配そうなんだろう? もう、十分生きているというのに。たとえ待ち受けるものがあまり良いものでなくたって、別にぼくは気にしていないのに。
『すごいね! すごいねすごいねーーーッ!!!』
キラキラと、目を輝かせてみてくれるお客様。それだけじゃない。ただすれ違うヒトだって、とても愛おしさを感じている。
『なにすんだボケーーーー!!』
もう十分、面白い。もう十分、楽しかった。
『あなたを、私だけの──……』
どんなことをされたって。それで、痛くても。
過ぎてしまえば、良い思い出だから。
……
…………
………………
─────────え?
「待って。つまり、それって……」
「ええ、多分その通りよ。……それに、もう一つ」
「うん?」
「今生まれた赤ん坊が、大人になって仕事を始めたころかしら。……その時期に、チャンスが来るわ」
静かに告げられた、言葉。ソレを知っている彼女の。
「居場所、わかるかい?」
「ッ。そっちを聞いてどうするっていうの!? それよりは──」
「いらない。……わかるでしょ?」
ニッと笑ってみせれば、彼女はゆるゆるとため息を吐いた。
「……わからない。とても、不安定だから──」
「そう。教えてくれて、ありがとうね」
「なんで偽名かって? だってそのほうがかっこいいじゃないか!」
「一緒に芸をやらないかなぁ。君とならいいコンビになれそうなんだけど!」
後悔なんて、ない。いつも全部口に出してるから。
「薬は怖いよ。だけど、必要なときもある」
「約束をしたからね。ぼくは──」
全部、良い思い出。もう過ぎたことだから。
「ぼくはさすらいの芸人! 現在名乗ってる名前はラングウッド!!
本名はサウルというよ!!」
──もう、覚悟はとうに出来てる。