別れる、なんて、考えたこともない。
「フクロウ……」
ずっと一緒だと、そう思っていた。
◇ ◇ ◇
ティナ嬢の受けてきた仕事は山賊の討伐。ティナ嬢は一対多数でも並の相手に負けるわけではない。しかし、効率よく倒すに越したことはない。
効率よく倒すために、我とティナ嬢は作戦を一つ立てた。我が上空より確認し、敵の位置を連絡、ティナ嬢が排除に向かう、というものだ。
一日目と二日目は少なくともそれで上手くいっていた──しかし。
『ティナ嬢、そこが本拠地だ』
『ああ、わかった!』
上空から思念を送る。その指示のまま、ティナ嬢は建物の中へと入っていった。ここからは上空からの視界は利かない。ティナ嬢を信じて待機していることしか我にはできない。
翼を羽ばたかせながら、建物を見つめる。ティナ嬢が出てくるときを待って──突然、翼が熱くなった。視界が揺れ、体勢を崩しかけて、慌てて羽を動かしバランスを取る。と、動かした拍子に痛みが走った。
射抜かれたのだ、と理解したと同時に焦りが湧き上がる。この痛みはティナ嬢とも共有してしまうのだ。
『フクロウ!?』
ティナ嬢の思念が返ってくる。それと時を同じくして体の力が抜けた。ティナ嬢が攻撃を受けたのだろう。我の痛みはティナ嬢へと届くが、ティナ嬢の痛みは我へと届かない。ただ、力が抜けることで、攻撃を受けたということはわかる──……我が攻撃を受けた所為だ。
『大丈夫だ。ティナ嬢は目の前の敵に集中してくれ』
『でも、フクロウ!!』
『集中しろ!!』
遠距離から矢が飛来する。痛みをこらえて避けた。元々、我の体は小さく簡単に当るような的ではない。避けようと思えば、避けられるはずだ。
取り乱したティナ嬢に思念で叫び、射手を探そうと矢をかわしながら森を見据える。しかし今まで相手にしてきた山賊とは違うのか、射手の姿を見つけることは出来ない。矢も少しずつ場所を変え、軌道を変えて放たれている。
二本目の矢が掠った。
『上昇!』
戦っている最中であろうに、ティナ嬢からの指示が飛んできた。あまり上昇してはティナ嬢の補佐をすることもできない──だが、このままでは補佐どころか足手まといだ。
ティナ嬢の指示で一気に頭が冷え、我は素早く上昇する。矢の届かぬ場所へと。
(此処までくれば──……)
無理に動かしている羽が痛む。この痛みもティナ嬢へと届いてしまっているのだろう、と思うと胸も痛んだ。だが、これ以上怪我を増やすわけにも行かない──。
「主人を置いて逃げる気か? 戦乙女の使い魔」
「私と主から逃げられると思うたか?」
平坦な声に本能がざわめいて、血の気が引いた。我にとっては十分に大きい影が近づいてくる。しかも二つだ。この状況は不味すぎる。
だが、諦めるわけにはいかない。我の死はティナ嬢の死へと繋がっているのだから。我はできるだけ素早く急降下を開始した。傷は痛む。しかしそれを構っている暇はない。
「──逃がしはしない」
「無駄な足掻きよ。私達の羽とお前の羽は違うのだから」
近づかれる。かわす。逃げる。爪に切り裂かれ、くちばしが突き刺さる。痛みが酷い。ティナ嬢の呼ぶ声もする。ああ、迷惑をかけたのだろうか。
だが、生きなければならない。諦めることなどできない。生きてさえ、いれば──。
「諦めて、死ね」
くちばしが迫る。避けられない。
意識が揺れて。呼ぶ声も遠い。
力が抜けて。翼を動かす方法が、わからなくなる。
──そうして、落ちた。
◇ ◇ ◇
──血が点々と、落ちていく。
「……っ!」
足から流れる血をものともせず、彼女は振り向きざまに敵からの一撃を受け止め、流し、そのまま敵を放り投げる。
血は流れている。だが怪我は痛くはなかった。彼女は敵から距離を取るべく、また走り出す。
不意に、肩に衝撃を受けて、続いて痛みが走った。だがこれは彼女の受けた攻撃ではない。
何度も。何度も思考の中で呼びかけ、目で探す。しかし返ってくる言葉は弱く、またその姿は見つからない。
「……フクロウっーーーー!!!!」
思わず彼女が叫んだとき、目の前に敵が現れた。攻撃を防ごうとして、また傷の無い痛みが走る。力が失われていく。意識が揺れる。
目の前に、攻撃が迫った。避けられない──……。
◇ ◇ ◇
……まだ、我は生きているらしい。辛うじて。
視界が酷くかすむ。全身が痛んで、何処から出血しているのか、どこが折れているのか、もう定かではない。
それでもどうにか確認しようと身を起こして、辺りをうかがった。
木々が見える。森の中、らしい。上空から攻撃を受けて落ちて、木の葉の合間を通った感覚は残っている。落下時の衝撃で即死、は免れた……。
だが、敵がこのまま放置してくれるとは思えない。我が死んだのを確認しに来るだろう。
意識が揺らぐ。呼吸をするにも酷く苦しい。死が、近づいてきている。トドメを刺されるにせよ、刺されないにせよ──我を待つのは、死だ。
『フクロウっーーーーーー!!!!』
ティナ嬢の呼ぶ声、が、する。死ねない、と強く思うのに、もう力は出ない。声を返すことも、できない。
死が迫ってくる。そのことを怖いとは思わない。使い魔になる前、死は身近なものだった。だから、死、それ自体を怖いとは思わない。
けれど。
『フクロウ、フクロウ!!! 返事を……』
彼女を共に死なせてしまうことが、怖い。
このままでは死ねない。ティナ嬢も一緒に死んでしまうから。誰か──どうか──……。
どうか、ティナ嬢を。
我のできることならば、何でもする。
だから、どうか、ティナ嬢を。
──助、け……。
「何でも、シてくれるっテ?」
声。
「願イには代償がつきものだヨ? それでも、キミは願ウのかイ?」
くすくすと笑う、声がする。
「願ウんだネ? ジャア、ちょうどいイ」
冷たい手が触れる。
「チョウド、眷属──ボクのいうことを聞いてくれる子が、欲しかったんダ」
◇ ◇ ◇
一羽の雄の鷹が、薄汚れた梟の側に降り立った。既にいた雌の鷹が雄に目をやる。すると雄はゆっくりと変化し、一人の男へと変わった。
「いたか」
「いたようだ。だが、もう死んでいるぞ、主」
「……ふむ。だが戦乙女が落ちたかどうかは確認していないらしい。全く、役に立たない奴らだ」
男は梟の亡骸をつまみ上げる。その様を鷹は見上げた。
「死んでいるはずだろう? 使い魔が死んだのだから」
「さて……。俺も戦乙女がそんなに簡単に死ぬとは思いたくないが──……行くぞ」
「そのゴミも持っていくのか?」
「保険に欲しいそうだ」
「臆病な奴らよの」
男が手を差し伸べ、鷹がその手の上に乗る。そして、一人と一匹は歩き出した。
◇ ◇ ◇
避けられなければ、突撃すればいい。
一瞬のうちにその判断を済ませた彼女──ティナは山賊の包囲網を突破する。しかしセレ村の近くで意識が飛んで……気付けば、白い部屋の白いベッドの上で、横たわっていた。怪我をしていた部分も、しっかりと手当てされたあとがある。
自分の体を点検したのちに、ティナは辺りを見回す。
──足りない。何かが足りない。
「フクロウ……」
使い魔のフクロウがいない。いや、いない以上に決定的にかけている気がしてならなかった。使い魔契約の感覚が、なくなっている。
目の前にいない、だけではなく、本当にいなくなってしまった。
別れる、なんて、考えたこともない。
ずっと一緒だと、そう思っていた。
そのフクロウが、いない。
「フクロウ……」
ティナは窓を開けた。怪我もあってか、いつもより力が入らない。だがそのことには気付かないまま、ティナは窓を空け、傍らに置かれていた棒を手にとって。
ひらり、と外へと出ていく。フクロウを探して。無くなってしまった欠片を探して。
仲間達が心配して会いにくる。そのことを、知らないまま。