ほら、紅い。
惨状は明らかだった。地にひれ伏した人々は動く様子がなく、またどこかの部位を失っているものたちばかりであった。傷口から紅い液体がゆっくりと地面に広がっていく。腕や足が散らばり──生首がごろりと転がる。
その場でまだ、動くことができるのはわずか数名だ。己の斧──かなり大きい──を支えに立っている屈強な戦士、片足を負傷し支えられている細身な剣士、その剣士を支えている村唯一の神官戦士、魔法を展開させている魔法使い──そして、彼のせなかにかばわれた、偶然居合わせた、まだ幼い彼女。
あの時。
確かにあの時は、異常な光景だった。
異常なほどに印象に残る赤が鮮やかだった。
彼らの前に立つドラゴンが咆哮する。それは地を震わせ、空を貫いた。傷を負った巨大な体躯を動かし、一歩、また一歩と彼らへと近づいていく。ドラゴンは低く唸り、未だ立つ彼らを睨む。
村を襲った、一体のドラゴン。子どもと老人は先に逃がされ、村の戦士達──この村の大人はほとんどが戦うことができる──がドラゴンに挑んだ。結果として、致命傷とはいかないもののドラゴンに傷を負わせている。
近づくドラゴンを睨みつけ、魔法使いは彼女へと逃げるように言う。しかし、彼女は足を動かさない。
恐怖で動けないのか、という類のことを魔法使いは言っていた。否、彼女は怖かったわけではない。
戦士が斧を抱えなおした。その斧は赫い。
剣士がよろめきながらも、地に落ちていた剣を取る。その刃も赫い。
神官戦士が己の槍を握った。その刃が光り輝く。光はまた、赫い。
紅い。赫い。
残像になってしまっているのか。
戦士が咆え、剣士が地を蹴り、神官戦士が槍を突き刺す。ドラゴンがブレスを吐き、地面に倒れていた人々が余波でうめいた。その内の何人かは事切れ、それを見ていた魔法使いが歯噛みする。数瞬後に、魔法使いの魔法が発動した。研ぎ澄まされた氷がドラゴンの分厚い皮膚を貫く。
また赤が噴出した。苦痛にのたうち、ドラゴンが暴れる。左右に振られた尻尾が戦士に当り、戦士ははじき飛ばされた。かなり遠くまで飛ばされ、地面に転がった後に動かなくなる。
剣士は辛うじて避けたものの、よろめいて地面に手をついた。上手く距離をとって逃れた神官戦士が素早く駆け寄る。その手に槍はない。槍はドラゴンの背に残っている。
その光景を見ながら、彼女は怯えていたわけではない。
不思議なほどに、心は静かだった。
恐ろしい光景であるはずなのに、全く怖くはなかった。
ドラゴンが側で倒れている剣士に向けて爪を振り下ろす。間一髪のところで神官戦士が彼を抱えて転がる。しかしその背に爪をうけ、低くうめいた。続けて第二撃が振り下ろされる──と、背の槍に雷が落ち、ドラゴンが魔法使いに目を向ける。
逃げなさい、と魔法使いはまた彼女に呟いた。それでも、彼女は動かない。
彼女は守られていたわけでもない。ただそこにいただけだ。
戦士達も極限の中、彼女を守っていたわけではない。できるならば、と思っていただけだ。出来るならば怪我をしてほしくない。そう願っていただけで。
守るほどの余裕すらも、なくて。
あのときは光景以上に、空気すらも、異常で。
──ドラゴンが、二人に向けてブレスを吐いた。
◇ ◆ ◇
ドラゴンが、二人に向けてブレスを吐いた。否、ドラゴンといっても小さなものだ。それを軽々とかわして、棒を振り下ろす。
ぐしゃり、と鈍い音がして紅い血が飛び散った。あの時と同じように、紅い──……。
彼女は、魅入られているのだろうか。
あの時の、赤に。
素早く彼女は距離をとる。軽々と棒を振り回し、血を吹き飛ばし。
「粉砕ですよ♪」
満足そうに、笑った。