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「別れよう」

 そうわたしが言ったとき、あなたは黙ってうなずいた。
 どうしてこんなことになってしまったのか、わたしはよくわからない。あなたが変わってしまったのは、あの事件からで。噂も聞いていた。ルード家の次男は役立たずで足を引っ張るだけなのだと。
 それでもあなたはそんな噂には負けない。あなたは強い人。わたしはそう思っていた。



 初めて会ったとき、ルード家の人だと聞いていたから、わたしはあなたをみてあからさまにがっかりした。想像と違ったから。
 すぐにそのことが失礼にあたると思って謝ろうとしたわたしに、あなたは言った。
「兄貴や親父と似てなくて、悪かったな」
 ニッ、と笑みすら浮かべてそう言いきったあなたに、わたしは返ってばつの悪い思いをしたものだ。
 何度か会う機会があって、あなたのこともわかってきた。そして噂とはまったく真実を捉えていないと思ったのだ。
「噂って信用なら無いものですね」
「ん?」
「だってユーンさん、素敵な人ですよ」
 真っ向から言ったときに、あなたはそうか?と笑っていた。

 あなたは誰にでも優しい。知らない人にもすぐ手を差し伸べる。
 あなたは誰よりも強い。噂になんて負けないし、気にする様子も無い。

「あんまり買い被らないでくれよ?」

 あなたは苦笑してそう言っていたけれど、わたしは知っている。これは買い被りなんかじゃなくて、事実だと。
 そしてあなたを独り占めしたくなっていく心を、わたしは素直に認めた。

「わたしにも、優しくしてくれますか」
「……へ?」
「好きなんです。ユーンさんのこと」

 告白して、付き合って。それでもあなたは相変わらず。
 誰にでも優しいし、誰よりも強い。わたしだけを甘やかしてくれるわけでもなくて、他の人のことも気にする。
 どうしてみんなはルードであるユーンさんしか見ていないんだろう。それが不思議でならなかった。
 わたしが怒っても、ユーンさんは怒らない。許してくれる。泣いていると慰めてくれる。
 ヤキモチを妬いても気づかないのはたびたびムッとしたけど、ちゃんと言えばわかってくれた。あとから考えると、理不尽なことも言ったと思う。ワガママもたくさん言った。でもユーンは笑っていてくれた。
 わたしもあなたに何かをしたい。だからお弁当を作ったり、喜びそうなものを上げたり。でも、やっぱりユーンには適わなくて。


 あのころは、幸せだった。
 わたしはずっとユーンが好きなんだと思ってた。

 事件があったあと、ユーンは内にこもりがちになっていった。余裕も無くて、疲れているようで。心配して声を掛けても、ただ大丈夫だと言って突っぱねられる。
 わたしは何かをしたくて、励ました。きっと友達を死なせかけてしまったことを悔やんでいるんだと思って。
「大丈夫。ユーンは強いから、大丈夫」
 でも。

「……悪い、しばらくほっといてくれないか」

 ユーンは初めてわたしを拒絶した。
 強いユーン。強くないユーン。拒絶するユーン。
 あなたはわたしの助けを必要としなかった。助けたかったのに。

 そこからすれ違いがちになって。わたしはユーンを見ていられなくなって。

「別れよう」

 好きな人が、出来た。ユーンよりも、好きな人。わたしが悩んでいるときに、話を聞いてくれた人。一緒にユーンのことを相談した人。
 別れを切り出したわたしに、あなたは何も言わなかった。言う気力もなかったのか、言う必要もなかったのか。


 今ではなんとなく、わかる。
 わたしはユーンを助けようとなんてしなかった。ただ、わたしを押し付けようとしてただけ。追い詰められていたユーンを、強いんだから大丈夫だとさらに追い詰めてしまっただけ。

 もう少し、ちゃんと考えればよかったのに。

 そう後悔したのは、ユーンがカイヌスを飛び出した後だった。


「別れよう」

 彼女にそう言われたとき、それが正しい道だと思った。大切な人だったから、俺と離れたほうが良いと思った。
 守れないから。また死なせてしまうかもしれないから。
 俺は、弱いから。

 あとで結婚したと聞いたとき、残っていたものは綺麗に消えていた。結局俺はそういうことだったんだろう。大切な人だったといいながら、結局逃げ出してきたんだろう。
 悪夢の中に、彼女はもう出てこなかった。
 だから今はもう、ただの良い思い出。


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