少し先に立つ影へと目を止め、ロウエンは剣を抜いた。
僅かに青年──クリス、といったか──が身体を緊張させ、支えている女性──コンスタンス──を抱えなおす。
遅れてついてきていた師であるサミュエルはおや、と息を切らせながらどこか間の抜けた声を発した。
ロウエンはクリスについてほとんど知らない。先ほどあったばかりで、普通ならば共に行動するようなこともなかっただろう。ハスララへきたことも、来る予定もなかったのだ。
しかし、彼は仲間達と共にハスララへと訪れ……今は仲間とは別行動を取っている。
彼らを守る、と決めた。師を守るのは勿論、彼らを彼らだけで行かせることは出来ない。
そう決めたから、ロウエンは仲間達と別れ、クリス達と共に神殿を目指している。
影がこちらを向いた。抜いた剣を構え、相手を見据える。
「行け」
クリスにのみ聞こえるように囁いて、ロウエンは敵に向けて駆け出した。
歩みは早くはならなかった。サミュエルは元々そう速く走れなかったし、クリスも人一人を抱えて全速力で走れるほどは鍛えていなかった。
魔物は何度もロウエン達の前へ立ちふさがり、そのたびにロウエンがそれを退ける。倒そうとはせず、他の二人を先に行かせることだけを考えていた。
向けられた爪を剣で受け流し、目を切り裂く。ギャアと悲鳴のような鳴き声を上げてたじろいだ隙に、その脇を駆け抜けた。前方を進む二人に追いつき、すぐに次の魔物へと魔法を放つ。
そうやって繰り返し、淡く光っている神殿が見えたころにはサミュエルもクリスも多少のかすり傷を作っていた。コンスタンスだけは、クリスが庇いとおしたため怪我はない。
一番、鎧やマントに傷を作っているロウエンが、足を止めた。背後から追いかけてきている魔物に相対する。
他の二人はちらりとロウエンを見たが、そのまま通り過ぎた。直ぐ後に、魔物へとロウエンは切りかかる。魔物はよろめいたが倒れることはなく、素早くロウエンへと牙をむいた。咄嗟に右手を前へ出し、口の中へと剣を叩き込んだ。
魔物の頭を貫通した剣が、淡く光り、牙に力がなくなる。その瞬間に手を引き、間合いを取る。魔物は倒れ、動かなくなった。
「……」
辺りを見回し、神殿の側へと下がる。同時に、左手で本を取り出した。グリモア──師・サミュエルから貰った魔術書──により魔法の威力を高める。
「サーナーティオ」
暖かい光が血の流れていた右腕を包み、血を止めた。とその時、辺りの暗さが増す。見上げれば、神殿の光が少し弱くなったようだった。
ロウエンは黙ったまま本をしまい、剣を構えなおす。
逃げてくる人と、追いかける魔物の姿が、前方に現れていた。
魔力を補給する薬を煽り、新たに現れた魔物に対峙する。幾度これをしたことだろう。騎士や、薬を渡しに来た者はいたが、ロウエンはほとんど休むことなく戦い続けていた。
コンスタンスへ力を使うために、神殿を守る力が弱くなっているのだと教えられた。その分神殿を守ると立った騎士達に共感した。
そして、元々あまり眠れるほうではないゆえに、この状態では眠れるとは思えず。それでも、疲労はたまりつつあった。
素早く二度きりつけ、攻撃を受け流し、耐える──……。
目の前の魔物から、濃い闇が煙となって浮き出たのは、その時だった。闇の色が抜け、魔物がロウエンから距離を取る。闇は空気に溶けて消えていった。
「む……」
そのまま、魔物はじりじりと距離を取り、ハスララの外へと去っていく。空を見上げれば、翼を持つ魔物達が飛び去っていくのも見た。
──朝日の欠片も。
長い夜が終わろうとしていた。それにあわせて、神殿の光が完全に消えていく。
剣を収め、ロウエンは息を吐いた。はたと思い当たり、南へ向けて歩き出す。町を出てすぐの場所に、馬三頭と馬車は無事にそこで待っていた。
半分足を引きずるようにして近づけば、愛馬・クラースの耳がピクリと動き、ロウエンを見る。他の二頭も遅れるか遅れないかのうちにロウエンのほうを向いた。
「眠れたか? お前達のみで放っておいて悪かった。中のほうが危険だろうと思っていてな……」
クラースへと手を伸ばし、顔を撫でる。そうすると、クラースのほうから顔を摺り寄せてきた。力に押され、僅かによろめく。
「っと、すまぬ。……さあ、中へ向かおう」
頭を振り、手綱を握ろうと──したが、クラースがボロボロになったマントに噛み付いた。戸惑いながらクラースを見ると、黒い瞳と目が合う。ぐい、と強くマントを引かれた。
ロウエンは何を伝えているのかを理解して……苦く笑う。
「わかった。乗ろう」
ぽん、と手を置くと、クラースがようやくマントを放した。重い体を動かして、クラースの上へ乗る。それから他の二頭と馬車を先導し、神殿へと向けて進みだした。
「おや、ロウエン」
名を呼ばれ、ぼやけかけていた意識が晴れる。改めてみればクラースの上で、馬を進めながら眠るところだったらしい。
目を瞬かせて、名を呼んだ師・サミュエルを見た。師は珍しく苦笑を浮かべる。
「寝たほうがよさそうですね。一晩中動いていたのでしょう?」
「……む」
眉間に皺を寄せ誤魔化し、クラースから降りた。うっかり落馬をしては洒落にならない。そのかわりに手綱を握る。
だが誤魔化しも聞かなかったのか、師が言葉を続けた。
「馬小屋へは、他の人に連れて行ってもらいますから──ちゃんとした治療を受けて、寝てください」
「皆を……」
「待ちたいのはわかります。でも、その状態であっても、心配されるだけです。それに……頭も回ってないでしょう?」
図星を突かれ、ロウエンは息を詰まらせる。そのうちに、サミュエルが騎士を呼び、一人が馬を馬小屋へ、もう一人がロウエンを部屋へと案内することになった。
部屋は小さいが一人部屋で、ベッドがあり、騎士は「ちょっと神官を呼んできますね」と行って出て行く。
ぼんやりと立っていたロウエンは、やがてふらふらとベッドに近づいてぱたりと倒れこんだ。
すぐに寝息が聞こえ出して……神官を連れて帰ってきた騎士が怪我の治療や、鎧の着脱で困ったのは、少し後のこと。
長い夜が空け、新しい朝が始まった。
けれど今は、少し遅れた休息を。