──彼女を探したとき、いつもと言っていいほど奴も共にいた。
空が青く、太陽の光が暖かい日。ラルスはいつものように、彼女の家へ向かう。橙色の髪を風が撫ぜていき、思わず目を細めた。
「おー、いい日だなぁ」
口元へ笑みを浮かべ、歩いていく。
家についてノックをすると、長老のところへ昼食を届けに行った、と彼女の家族から伝えられた。教えてくれたことに礼を言って、長老の家へと向かう。
長老は、村で一番年を取っているエルフだ。村の知恵袋であり、相談ごとは大抵長老へと届けられる。
もう一つ、村には別に長的存在がある。称号であり、揉め事を力づくで解決する役割、と言ってもいい。だが、そちらについているエルフのことは、あまりラルスは考えないようにしていた。
と、長老の家の近くへ近づいたころ、正面に長い金髪の女性を見つけた。ふわりとしたスカートを風になびかせている。
「いたいたっと。ピア!」
声を掛ければ、彼女──ピアが振り向く。だがラルスを見たのはピアばかりではなかった。ピアと話していた同じ年頃のエルフもまた、ラルスを見たのである。
ラルスが彼を目に入れた瞬間、彼もラルスに気づいたらしい。二人は同時に、表情を崩した。
「げ、サウル」
「ラルス……」
『サウル』。彼こそが長老と並ぶ役割を担っている青年だ。サウル、というのは本名ではなく、村で一番魔力の強いものに受け継がれる「名」である。サウルの名を持つものは、村が上手く運営できるように長老の手助けを借りながら仕事をこなしていくことになっていた。
だが、サウルだからと言って、良い性格とは限らないとラルスは常々思っている。
「げ、とは何だ。話をしていることぐらい、確認してから声を掛けるべきだろう」
「……お前だって、同じような声出してただろ」
冷たい目線を向けてくるサウルに、ラルスはうんざりしながら言い返した。サウルはますます冷え冷えとした目で睨んでくる。
「まぁまぁ、二人とも喧嘩しない喧嘩しない」
ピアが笑って、サウルとラルスの合間に入った。サウルが目をそらし、ラルスはピアを見る。
「俺は別に喧嘩するつもりなんて」
「僕もない。お前が馬鹿なことをしなければな」
「……あのな。明らかにお前のほうが俺に突っかかってきてると思うんだが」
「馬鹿なことをするほうが先だろう」
ピアの仲裁の甲斐なく、ラルスとサウルはまたつらつらと言い合いをはじめた。
それを見ながら、ピアがしみじみという。
「仲いいねぇ」
「「良くない!!」」
二人が、声をそろえて叫んだ。
その後、サウルが長老に呼ばれて去り──恨みがましくこちらを見ていたのだが──ラルスはようやくピアと二人になることができた。
一度昼食を運んだバスケットを置くべく、ピアの家へと帰る。
ラルスが既に一度ピアの家に寄ったことを聞くと、ピアは「あ、ごめん。すれ違っちゃったね。待ってて、って伝えてっていっておけばよかったかな」と苦笑した。
「気にすんなって。俺も、こうやってピアと一緒にいられる時間増えて嬉しいし」
ニッ、とラルスは笑みを浮かべる。すると、ピアが頬をうっすらと赤く染めた。戸惑ったようにバスケットを持っていない手をパタパタと動かす。
「な、何もでないよー?」
「あはははは」
「もう、ラルったら」
頬にかかった金髪の髪を払い、ピアがラルスを睨んだ。その表情もなんだか可愛くて、ラルスは睨まれてもかまわずに笑っている。
その態度に、ますますピアは睨んで──だが直ぐに、くすりと笑みを零した。二人で笑いあう。
「同じようにサウルにもしたら、喧嘩しないんじゃない?」
ひとしきり笑いあってから、ピアが首をかしげて言った。その言葉に、ラルスは眉間を寄せ、頭を振る。
「サウルとは無理。だって、相手が敵意持ちまくりだし」
「私にはラルも同じ感じだと思うんだけどなぁ」
「それは、サウルが先に向けてきて……! ……いや、そうじゃなくても、今更なんだよな。昔からこうだし」
ピアに声高に反論をしようとして、直ぐに訂正した。苦笑して、息を吐く。
嫌われたから、嫌いになった。それは事実だと思っている。もし違ったとしても、今更変わることも考えられない。
だが。
「俺とサウル、はこういう関係なんだ、きっと。でも、俺はサウルにいなくなってほしいって思ってるわけじゃないし、サウルだって、きっとそうだ。だから、いいんじゃないか?」
いなくなれと思ったことはなく、サウルの実力は認めている。悔しくて、妬ましかったこともある。何故自分が「サウル」ではないのかと思ったこともある──サウルの次に、ラルスは魔力が強かったから、尚のことだ。
サウルがいなくなれば、ラルスは「サウル」になることができる。だけど、今になってそのもしも、を考えても可笑しいと思う自分がいた。
いつまでもきっと、ラルスはサウルと同じようなやり取りを続けている。そう思えるから。
「うーん、ま、そうかもね。でも、ほどほどにしてよ?」
ピアは少し考える様子を見せたが、やがて頷き、それから笑ってラルスに言った。
「努力しまース」
「ホントに?」
「ホントホント。ほら、置いてこいよ。家だぞ」
若干畏まって言って見せれば、ピアがまたラルスを睨む。それに笑って、ラルスはピアの背を押した。一度背中越しに睨みながらも、話しながら歩いているうちに到着していた家へと、ピアが入っていく。
彼女を見送って、ラルスは鼻歌を歌いながら、のんびりとピアを待った。そしてピアが戻ってくれば、のんびりと森へ二人で散歩に出かける。
その合間に、一つ、口付けを落とした。
苛立つこともある。気に入らない相手もいる。それでも、彼女と共にいることが幸せで、彼と顔を会わせるのも悪くはなかった。
本当に、悪くはなかったのだ。
それなのに。
ピアが、死んだ。病死だった。
ラルスが先にかかった病気がうつって、死んだ。
『あのね。私ね。幸せ、だったよ──…』
力なく、握られる、手。その手を握り返し、できる限り穏やかに微笑んだ、あのとき。
『……うん』
けれど、上手く笑えた自信はない。その後も何か穴が空いたようで、自分をせめても責めきれなかった。
病気になったとき、ラルスにはピア以外に看病をしてくれる人はいなかった。だがそれでも、看病をしてもらうべきではなかったと、今は思う。
うつる病気だとわかっていたのに。
「くそ……」
顔を手でおおった。
これからも、彼女がいない世界を生きなければいけない。それはわかっており、放り出すつもりもなく。──かといって、すぐに順応できるわけでもなかった。
そうしてどれほど悲しんだだろう。生きるために最低限の食事と睡眠は取り、それ以外は思い出に浸り、消化する。
そんな日々が続き……ある日、『サウル』がラルスを呼んだ。
「ラルス、サウルが呼んでる」
ノックを聞いて扉を開ければ、村人の一人がそこに立っており、そう伝言を伝えてきた。その後、ラルスと部屋を見、苦笑する。
「荒れてるなぁ。まぁ、気持ちはわかるが……時間もたっとらんし」
「……サウルが呼んでるって?」
村人の言葉には苦笑だけを返して、ラルスは問いを返した。村人が頷く。
「ああ。引きこもってる奴を連れて来い、だそうだ」
「……なんでわざわざ」
「サウルは『サウル』だからな。心配しておるのかもしれん」
「……サウルが……」
村人の推測を聞き、サウルの姿を思い浮かべた。だが結局、心配している姿は思い浮かばず、頭を振る。
「まぁ、わかった。行ってみる」
ラルスが頷くと、村人も用は済んだとばかりに頷き、仕事へ戻っていった。ラルスも軽く身なりを整えてから、外へ出る。
家の中にあるものだけで過ごしていたため、外にでるのも久々だった。目に差し込む日の光が眩しい。風が心地よい。
ラルスが外に出なくても、周りは勝手に動いていく。
しばし、空を見上げていたラルスは僅かに笑みを浮かべた。部屋の中で見えなかった光が、外に出たことで見えるようになった気がする。
「……サウルに感謝してやってもいいかな」
何て誰かに聞かれれば、目を丸くされるようなことを呟き、ラルスは歩き出した。すぐにサウルが使っている家にたどり着く。
ノックをすると、珍しくもすぐ扉が開いた。しかも、普段は誰か手伝っている村人が出迎えるのだが、サウル自身に出迎えられる。
「よぅ。呼んだだろ?」
「……」
片手を上げて挨拶をすると、サウルはいつもの表情で、ラルスを見た。中へ入れ、とばかりに中へ戻ってしまう。
あまりにもいつも通りのため、ラルスは数瞬立ちつくし、ようやく中へ続いた。
「何の用なんだ? わざわざ呼び出すなんて、珍しい」
追いかけながら、背中に声を掛ける。だが、返事はない。
沈黙したまま、二人はサウルの住居スペースのほうへとやって来た。さすがにこの辺りに入るのは初めてで、ラルスは辺りを見回しながらサウルを追っていく。
やがて、サウルは一つの部屋の前で足を止めた。扉を開け、ラルスに目を向ける。示されるままに、ラルスは部屋へと入った。
そこは何もない部屋だった。
ラルスはそのことを確認し、後から入ってきたサウルへと目をやる。
「何だ、この部屋」
「……──」
無表情のまま、サウルは口を開き──紡がれた言葉に、ラルスは目を剥いた。
バヂィとサウルの手の中に青い雷が生まれている。
「んな……」
思わず一歩下がったラルスへ、青い雷がほとばしった。咄嗟にそれは避け、サウルへと向き直る。既にサウルは次の雷を手の内へ秘めていた。
──死ね。
そう、言われた。何の前置きもなく、冷ややかに殺意をこめて。
「理由を言えよ!! 理由ぐらい、教えろ!! 教えられても、死ぬ気はないけどな!」
攻撃を避けながら怒鳴る。サウルの視線の温度が下がった。攻撃が止まり、ぐ、と手をきつく握る。
「わからないのか。そうか……」
「はぁ、はぁ……っ、わかるわけ、ないだろ。俺は、お前を良く知らないんだから……」
ラルスも立ち止まり、攻撃が止んでいる間に息を整える。そうしながら、サウルを見れば、憎悪をこめた相貌と目が合った。
思わず身を強張らせ……そこに、言葉の刃が落ちてきた。
「お前は、ピアを殺した!!」
「ッ……それは……!」
その瞬間に雷が、ラルスに直撃する。衝撃と共に目の前がチカチカと点滅し、片膝を折った。
「っ……はぁ、はぁ……」
「どうして、ピアが死んでお前が生きてる!! お前がピアを殺したのに!」
サウルが叫んでいる。憎しみと──悲哀をこめて。
彼女のことを、好きだったのだとは知っていた。知っていたけれど、今、こうやって攻撃される元になるとは思っていなかった。それほどまでに思っていたとは、思っていなかった。
全てをなげうつような真似をして、自分を殺そうとするなんて。そこまで恨んでいたなんて。
ショックだった。事実を突きつけられ、見せ付けられて──悲しかった。
「僕だったら、幸せにした……。死なせたりなんて、しなかった!!」
「……ああ、そうかもしれないな」
叫ぶサウルに頷いて、ふらつきながらも立ち上がる。そして、まっすぐにサウルを見た。
「だけど、ピアと一緒になったのは俺だ。もしなんてない。俺はこの未来を知ってても、お前にピアは渡さなかったよ。その上で、こうならないように動いた!」
はっきりと言い切る。
信じられないものを見るような目で見てくるサウルへ、物怖じせずに視線を返した。
「俺は、死なない。ここで死んでたまるか。ピアの分まで生きるんだ! お前こそ、もう少し考えろよ。好きだったなら、ピアのこと考えろよ! ピアは……俺が死んだって、喜んで出迎えてなんてくれないんだ……!」
振り絞るような声で叫び、頭を横に振る。サウルの手の中に、再び雷が生まれつつあった。瞳が憎悪に染まる。
「勝手なことを……!」
どっちが勝手だ、とはいえなかった。同時に打たれた魔法の攻撃をかわす。全てはかわし切れずに何度か当てられたが、まだ動くことはできた。
避け続けているラルスのみではなく、魔法を続けざまに打ったサウルも息を切らし始めている。
ラルスは足を止め、ニィと少し口の端を上げた。
「そっか。攻撃魔法はお前、苦手だったな」
効果があまりあがっていないのはそのためだ、と理解する。
「もうやめておいたらどうなんだ? ……俺が本気で反撃したら、危ないのはお前のほうだぞ?」
軽い口調でため息を吐きながら言った。サウルからの答えはない。
サウルは俯きながら背を上下させ、やがて、手をラルスへと向けた。まだ辛そうに息をしている。ラルスは静かに身構えた。
「解」
口火は穏やかに切られ、次の瞬間にはラルスはその場に膝をついていた。全身に痛みが走り、立っていられなくなって床へと倒れる。
「っ……な……あ、あああああああああああああああああああああああ!?」
ギチギチと、全身を引き絞られるような感覚が襲い、のた打ち回ろうとして、だが動けない。両手両足が物理的に床へ縫いつけられている。
サウルもまたその場に座り込んだ。顔色が急速に青ざめていき、頬を汗が流れ落ちる。荒く息を吐き、彼はそれでも嗤った。
「あはははははははは! どうだ、呪いの味は。痛いだろう。そのまま、苦しんで苦しんで死んでしまえ!!」
「がぁぁぁぁああああああああああああああああッ!!!! ッ、あ、ぐ」
「あははははははははは!」
悲鳴と、笑い声が響いていく。嗤ったまま、サウルが壁へと寄りかかり、声がゆっくりと小さくなっていく。
「僕は先へ行き、ピアに会う……。ピアのいる世界へ行く……」
「っ………サ……ウ……」
「お前の場所なんてない。僕が全てだ……」
ブツン、とそこでラルスの意識は黒く染まった。
痛み、悲しみ、嘆き。
事実、刃。
呪い、別れ、覚悟。
仲は悪かった。けれど、呪われるほどだったとは思っていなかった。
殺そうとされても、避けきれば何とかなるのだと思っていたかった。
だが事実は違ったらしい。それだけの話だ。
──信じた自分が馬鹿だった。それだけの話。