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 嫌な夢。
 そう、ただの夢だ。
 だけど知っている。夢ではない部分もあるのだと──。

「ユーンッ!!!!!」

 振り下ろされた剣と、間近で聞こえた己の名。じぃん、とわき腹は痛かった。赤が滴り落ちて、意識は酷くかすむ。
 ぼんやりとした光景──だが、記憶は鮮明だ。ぼんやりとした視界が記憶の中に張り付いている。
 剣が届く前に、俺と剣の合間に滑り込んできた友の背すらも、はっきりと。
 ズギャ、と嫌な音がした。突然割り込んできた男に、敵達はたじろぐ。だがすぐに体制を立ておなした。奴らはニヤニヤとした笑みを口元にたたえている。
 俺はといえば、まだはっきりとわからずに居た。貧血で思考が回っていない。壁に寄りかかり、立っていることすら辛い。
 ゆっくりとその時の俺が状況を理解したころ、今の俺もまた、気づく。

 ──これは、夢だ。

 夢だと理解する。理解しつつも、俺は恐れた。この先の光景を見ることを。何度も繰り返してきた過ちを繰り返すことを。
 もちろん、起こったことを変えることなどできない。だがただの夢であるはずのここでも、光景は変えられなかった。
 俺は同じように唖然と見ていることしか出来ない。

 肩から胸にかけて切り裂かれた友が、力を振り絞り、敵に向かっていく様子を。
 そうして敵を全て打ち倒し……目を見開いたまま、仰向けに倒れる光景を。

 同じことを繰り返すのだ。その時の俺は倒れた友に助けようと足を踏み出し、友の死を確認し、助けられる誰かを呼ぼうと立ち上がったところで意識を失う。
 今の俺も同じだ。
 ふらつきながらも倒れた友へと近づき、力つきるに任せて座り込む。見開かれた瞳を覗き込んでも、息を確認しても、命が尽きたという事実は明らかだった。だが友は冒険者だ。教会長様に頼めば助かるかも知れない。
 俺は立ち上がる。そこで、ぐらりと眩暈に襲われ暗転する──。
 あの時は次に気づくと病院のベッドの中だった。一度死んだ友は駆けつけた兄達により教会へ運ばれ、蘇生されたと聞く。

 だがこれは夢だ。だから、実際の通りにはいかない。
 暗転した先に待つものは、更なる悪夢。もう何度も見た、けれどもけして慣れない悪夢。
「ユーン、お兄ちゃん……っ」
 あの時と同じように、俺の親しい大切な人が死んでいく夢。リーン、兄貴、家族、友人──状況に応じて多少は変化した顔ぶれが何度も何度も死んでいく。
 俺が何もできかったために。俺を守るために。
 これは、夢だ。だから、何も変わらない。起きれば終る。それだけの、夢。
 気が狂いそうになる。叫びだしたくなる。自分を殺したくなる。それでもこれは夢。俺は同じことを繰り返さない。そのために、カイヌスを飛び出したのだから。そのために、強くなろうと努力してきたのだから。
 だから俺は、目が覚めるまで冷静でいようとする。これは夢なのだからと、自分に言い聞かせて。
 ほとんどの大切な人が死んで。夢の終わりが近づいたのを感じて、俺はほっと息を吐く。
 その時、

「ユーン」

 そう遠い過去のものではない声がした。
 まだ夢の中で馴染みのない声。以前は出ていなかった相手。その声が誰のものであるか気づいた瞬間、心臓がはねる。
 振り向くと、そこには──……。

 これは、夢だ。そのはずだろう?
 夢だろう? だって、だってこんなことありえるわけが無いんだ。
 俺は同じことを繰り返さない。だから、こんなことありえるわけが無いんだ。
 お前が、今まで夢の中で死んできたみんなと同じように死ぬ。そんなことあってはいけない。そういう夢を見るはずなんて無い──じゃあ、これは現実なのか? これは夢じゃないのか。
 全部全部、今まで皆が死んだことも全部夢じゃなくて現実なのか?

 息が詰まる。冷静で居られなくなる。俺は名前を呼んだ。何度も何度も。現実でもこれほどは呼んでいないというぐらいに。……だが身動き一つしてくれない。
 恐る恐る近づいて、触った手は冷たかった。

 俺はこれを知っている。この状態を知っている。
 これは 『 死 』 だ。


 ──そこで、目が覚めた。
 見上げているのはいつもの天井。そう俺はカイヌスから帰ってきたのだ。ヘッポ=コーマルの今の住居に。
「……」
 俺は窓に目をやった。
 まだ外は暗い。朝は遠い。もう一眠りしなければ、明日に響く。明日に響けば、人に迷惑がかかる。
 カイヌスから帰ってきて、何度も同じことをしている。寝て、夢を見て起きる。その繰り返しばかり。夢見が、壊滅的に悪い。

 悪夢は消えたはずだった。カイヌスを飛び出して、六年間の放浪。カイヌスへと近づくことすらしなかったその間に、悪夢は綺麗に解けた。カイヌスから出てきたことを振り返る余裕も出来た。心は痛む。自信も無い。だがそれでも、受け入れようと思っていた。このまま強くなって、いつか故郷へ戻ると。
 しかし、悪夢は消えていなかった。事情があってアンディ達と別れてカイヌスへ向かう途中から、悪夢はまた現れ始めて。
 儀式前夜。アンディ達と合流して泊まった日に、悪夢は変わった。

 俺は机の上に置きっぱなしになっていたワインを手に取り、隣のコップに注ぐ。それをちまちまと飲み干した。まだ足りない。眠気はやってこない。
 まだ、怖い。
 恐怖から逃れるべく、俺はワインを注ぎ、一気に仰ぐ。瓶の三分の二を飲み干したところで視界がようやく回った。
 それに任せて、ベッドに倒れこむ。意識を飛ばす。

 ──同じ悪夢を見て、目が覚める。せめて、ただの夢だと笑えたなら……。
 窓の外を見た。暗い。朝はまだ来ない。
 夜は、長すぎる。

 早く夜が明ければ良いのに。


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