とある従者の観察記録
心理学用語で15のお題使用
11.逆向抑制(Retroactive Inhibition)
式には生まれながらに名前があるもので……しかし、私には名前がなかった。
実際にはあった──というよりは、あると感じている。
しかし、思い出すことができない以上、その名には意味がなく。
「未空」。
契約の折に沸きあがってきたその名を答えたとき、前の名は静かに消えた。
今の名が昔の名と違うことは知っている。
けれどもう、前の名には力はなく。
恐らくあの時に、前の私から今の私になったのだろうと思うのだ。
名と共に、前の私を塗り替えたのだと。
だから今の私は、貴方の式である「未空」以外の何者でも、ない。
12.作動記憶(Working Memory)
揺らぐ姿が紡がれた言葉により、鮮明なものへと代わっていく。
現れたのは、私と同じ式の一人──今は影でしかないが──だ。
彼女の構成するものを一時的に掴み取り、導き、目に見える形とする。
私のときには必要なかったことだが、出会ったばかりの相手にそれをするのは中々困難なものらしい。
先達の者に言われていたことは事実だったようで、余裕もなく空を見て言葉を連ねている。
見えるものを端から形にする。その合間だけでも、膨大な情報を覚えていなければならない。
彼女の姿が目に見えるものとなれば、一時的なそれはあっという間に消えていくのだろう。
ようやくそこまでこぎつけて、貴方は彼女に名を問うた。
13.同調行動(Conforming Behavior)
式、というものは完全なる個体にはなりえない。
それは、主たる者の望みや想いを正しく反映してしまうから。
「友人だから、ただ命令だけをするのは嫌なんだ」
貴方はそう言って、ことあることに私達に意思を尋ねる。
けれど、謝らなければならないかもしれない。
私達は貴方に反対することも、拒否することもないのだから。
自然に掴み取った貴方の自覚のない思いすらも反映して。
貴方の期待のままに、私達はここにいる。
14.忘却曲線(Forgetting Curve)
筆を取り、今より昔の年号を紙へと綴る。
事細かに書かれる内容は全て過去の思いと出来事だった。
貴方は悩みながら、迷いながら、思い出すように文字を連ねる。
今に近づくほど、文章は量が増えて、悩む時間は減った。
数日かけて全てを書いて、貴方は一つ苦笑する。
覚えていたいことほど、思い出すのに苦労するものだね、と。
貴方がそう表現する時間ほど、短く古いものはない。
あれから時間は経ちすぎて、私自身の記憶も定かではなく。
それでもどうか忘れずに、と願って貴方は筆を取る。
15.カタルシス(Catharsis)
「──ッ」
吐いた言葉に、貴方自身が眉を潜めた。
口を引き結んでも、既に音となってしまった言葉は貴方を蝕んでいる。
だがそれでも少しだけ、表情が柔らかになったようで。
私はそっと側へと寄り添った。
「ああ、そうか……」
『若様』
うん、分っているよ、と貴方は穏やかに言う。
そうして、どこか切なそうな表情のまま、ゆったりとした笑みを浮かべた。
「気づけてよかった」
──そう、貴方は安堵するけれど。
先に貴方が気づいてしまえば、
それでも。私がそれを言葉とすることはないのだ。