意識がゆっくりと浮上する。それに反抗してきつく目を閉じた。
──嫌だ、起きたくない。
起きたとして待っているのは、昨日の続きの今日であるとスズは知っている。
それでも否応なく目が覚めた。どれぐらい寝ていたのか解からない。開き辛い瞼を押し上げて、見慣れた天井を見上げる。
身じろぎしようとして、手首を縛る縄が擦れた。僅かな痛みを感じるが、今更なので気にせず体制を少しだけ変える。
床に敷かれた敷物から顔が外れたようだ。力を抜くと頬にひやりとした石の感触がある。
は、と口から短く息を吐こうとして、口の中がべたついた。喉の渇きを覚えて、思っていたより長く寝ていたらしい、と鈍くしか回らない頭でスズは分析した。
──つまり、あまり時間は立たないうちに来るということ。
頬の冷たさに集中しようと、目を閉じる。
はじき出された結論に、悪夢が近づいてくると知っていても彼にできることはない。
大人しい女性だとばかり思っていた。子どものころから知っていて、誰かと遊びまわるよりも本を読んでいることが好きな子どもだった。
スズが物語を語り始めれば目をキラキラとさせてその話を聞いていて。
他の子とは違って言葉に出していたことはないが、何よりも雄弁だったその瞳の色に、こちらから話しかけてやることを決めていた。
そのうちに成長して、親の仕事を継いで薬師になった彼女は、村人達の家を周り薬草を採取し、その合間合間に芸を横目で見ていく。立ち止まる暇がないのかもしれない。医師のいないこの村では彼女は必要とされている。
だからこの村を立つ前には必ず彼女の元へ寄って物語を紡ぎ芸をすることにしていた。
どこからずれてきてしまっていたのかは、わからない。
いつも通りナターシャの元で芸をするために立ち寄ったその日。部屋に満ちた香りと煙に意識が途切れたその日から、この悪夢は続いている。
縛られ思うとおりに動けない体。与えられる食事。それと同じぐらい、投与される薬。
何故どうして、と尋ねる日々はもうとうに過ぎ、止めてくれということが無駄であることもいやというほど知っている。
それどころか、幸せそうに微笑む彼女の笑みが恐ろしい、与えられるものが恐ろしいと、そう思うことすらどこか遠くて。
日々を彩る鮮やかな色はモノクロに転じ、ただ痛みだけが鮮明に脳裏にこびりつく。
けれど、いくら心が鈍く凍りついたとしても、諦めることだけはしなかった。
自分はまだ死んでいない。
まだこうして生きている。
たとえ動くことができなくて、魔法を紡ぐのに必要なものが手元になくとも。
命を落とした彼らの分を、諦めずに生きるのだと決めているから。
「……」
ああ、と言葉にならない声を吐息と共に吐いた。
階段を下りる足音が聞こえてくる。その音と共に痛みが思い出されて、スズは僅かに身を丸めた。
鍵を開ける音の後に、扉が開かれる。
「スズ」
甘い響きで囁かれた己の呼び名に、観念したように瞼を押し上げる。茶髪で頬にそばかすのある彼女は、平凡などこにでもいるような村娘だ。だが、その瞳には危険な光が宿り……それが不思議と、目についてはなれない。
──ナターシャ。
口の中だけで、名前を呼んだ。頬を染めて微笑む彼女を、未だにスズは恨めない。