ロウエンは唐突に目を覚ました。体の節々が痛く、重たい。体勢はといえばとても不自然で、体が強張っているようだ。
何よりも、真上に木々の葉と青空が見えるということが不自然このうえない。
地面もとい草に手をつき、力を入れて上体を起こせば──ロウエンの師匠である魔術師、サミュエル=メイザースがロウエンの腹の上で伸びていた。
その安らかな寝顔に、何が起こったのかを思い出した……。
「ロウエン、魔法薬に使う薬草が欲しいんですが」
サミュエル宅にて、いつものようにサミュエルがロウエンにそう言って、開いた図鑑のページを叩いた。調合器具を洗っていたロウエンは、手を止めてそちらを見る。
「注文しているものではないものが欲しいのか?」
「はい。森にあるはずなんですが……」
濡れている手を布でぬぐって、師の見ている図鑑を覗き込む。そこには、何の変哲もなさそうな葉が描かれていた。
その絵を見たロウエンは眉間に皺を寄せる。
「これは……見分けをつける自信が無いぞ、師よ」
「ああ、少し難しいかもしれません。では、私も一緒に行きましょうか」
そうして、穏やかな笑みを浮かべたサミュエルの先導の元、ロウエンはヘッポ=コーマル近郊にある森までやってきた。
「ここにありますね。ああ、ここにも」
夢中になって薬草を摘み、ついでに他のものにも興味を示しつつ、サミュエルは辺りを見回している。ロウエンは師に付き従いながら、時には危険な獣を追い払い、時には材料をかごに放り込んでいった。
「師、あまり不用意に動かないでくれ。危険だ」
「え? 今何か──ああ! こんなところにカラカラカラカイタケが……あ、奥にも……」
ロウエンの話を聞かずに、草むらの奥へと進むサミュエルに、ロウエンが額を押さえる。やれやれとため息をついて、草むらをかきわけ
「うわっ!?」
「!! 師!!」
聞こえた悲鳴に急いで駆けつければ、丁度ローブの裾が足元の茂みに消えかけるところで。
咄嗟に飛び込み手を引き庇うように抱え込む、そこまでは良かったのだが、細い密集した枝葉に急な坂道、師を庇った状況では飛び上がることもできずに、下へ下へと転げ落ちていった──
「思い出した……」
幾分疲労を覚えながらも、ロウエンは息を吐く。一度思い出せば、節々のみならず、色々な箇所に小さな切り傷や擦り傷が出来ているようで、地味に痛みを感じた。
すぐに腰に提げているはずの本を探り……その感触がないことに気づく。
「……落としたか」
眉間に皺を刻みつつ、転がってきたであろう方向を見れば、落ちた辺りを確認することすらできない。細く小さな木々がそこらじゅうに生えていて──多少折れている場所が、師と共に落ちてきた道なのだとわかる。
この中からグリモアを探し出すのは骨が折れそうだ。
またため息を吐いて、ロウエンはいまだ目覚めぬ師に目をやった。何とかロウエンの上からは押しやって、サミュエルの怪我のぐあいを見る。
流石に完全には守りきれなかったのか、一部小さな傷が出来ているものの、酷い傷はない。ただ気絶しているだけのようだ。
ロウエンは頭上を見上げた。まだ日は高い。今のうちに師と共に移動したほうがよいだろうと判断し、立ち上が──ろうとして、思うように力が入らないことに気づく。
(ああ……打ち身もある、か)
一度に怪我をしたためにあまり感じないだけで、かなり体にダメージが入っているのかもしれない。ロウエンはこれ以上動くことができず、そのまま大人しく横になった。
(……まさか、頭を打っているのではないだろうな)
体力が回復するまで空を見上げながら、目覚めぬ師のことを思う。守りきれただろうとは思って居るが、実際はどうなのか……。
そうして、つらつら考え事をしていても動けるようにはならず、それどころか痛みが増してきたような気がして、ロウエンは顔をしかめた。
(まず、い……な)
痛みをやり過ごすように目を伏せる。
「ロウエン」
柔らかく名前を呼ばれて瞼を上げた。まだ少しだけ端のほうに痛みを覚えつつ、サミュエルの姿を目に入れる。
いつの間にかまた意識を飛ばしていたのかもしれない。師の背後には、見慣れた天井が見えた。
ロウエンが師を見ていると、彼は僅かに苦笑を浮かべたようだった。額につめたいタオルが乗る。
「助けてくださって、ありがとうございました。……もう少し、休んでいてください」
師の言葉が合図となって、瞼が落ちた。
次に目が覚めるときには、きっと直っているのだろう。そして、グリモアも手元に戻って居るに違いないのだ。
──そう思うぐらいには、師を尊敬している。