「どうして」
眩いばかりの光が溢れる場所で、一人の女性が座り込んでいた。緩やかで暖かい色の髪はもつれ、深緑の柔らかい瞳は悲しみに彩られている。
「どうして、こんなことになってしまったのかしら」
嘆く彼女から少し離れた壁の側に、赤い髪の幼子がいた。だが地面に座ったまま動く様子はなく、瞳も焦点を結んではいない。
一人でいるには幼すぎる子供で、かといって女性と幼子に血のつながりがあるようにはとてもではないが見えなかった。
一目見れば分かる。本質的に二人は“違う”のだ。
「消すつもりはないのに。話をしたいだけなのに。どうしてこんなことに」
女性は嘆くばかりで、幼子が居ることに気づかない。
色素の薄い二人の男女が光に溶けるようにして消えた瞬間ばかりが残像のように女性の目に焼きついていた。
彼女は自らの手へと目を落とす。その手は眩いばかりの光を放っていて……涙が溢れ出す。
この光を受けた色素の薄い彼らは消えてしまう。
──元は自分も、こんな光を発していていなかったのに。
カタン、と音がした。咄嗟に女性が振り返る先には幼子がいる。彼の握っていたおもちゃが地面に落ちて音を立てたのだ。
幼子を瞳へと写して、女性は唇をわななかせた。目じりに残っていた涙が、別の意味を含んで頬を伝う。
「……貴方は、消えないの?」
そっと幼子に手を触れた。反応はない。そのことに女性の胸は痛んだが、確かに消えないこと、手で触れることができることに歓喜の思いが浮かび、それを押し流す。
「ごめんなさい。私……貴方のお父さんとお母さんを、消してしまった。それなのに……」
幼子の背へと手を回し、抱き締めた。
「貴方が消えないことが嬉しくて。貴方と話したい、なんて」
幼子から反応はない。それでも、女性は嬉しくてたまらなかった。
反応がないことの意味を、まだ知らなかったから。
◇ ◇ ◇
「ねぇ」
「はい、なんですか?」
「一緒にこっちに来ても、よかったのかしら?」
「ああ……かまいませんよ。それに、私もあちらへ居るのは危険でしょうから……」
「……それも、そうね。ごめんなさい、私のせいで……」
「いえ……謝らないでください。私がそうしたかったんですから……」
「でも……。どうして、そこまで? 私のせいで人生が狂ってしまったと言ってもいいのに」
「……どうして、と聞かれても……。そうしたかったから、としか」
彼はそう言って苦笑して。
その笑顔を見た、彼女は──……。
◇ ◇ ◇
唯一消えなかった幼子を連れ、女性はヒトに会わないように身を隠した。淀む闇を見ることは避す。一目見れば、体の奥がざわめき、光を強く発してしまうからだ。
最近、女性の一日は隔離された建物の中で、幼子に微笑みかけることから始まった。
「私は、セルカよ。セ・ル・カ。貴方の名前は何?」
何度そう問いかけたかは解からない。ただ返事は一度もなく、幼子はぼんやりと宙を見つめるばかりだ。
女性──セルカはそのたびにため息をつき、ただ拒否はされないことを心の支えとして幼子に話しかけ続ける。
反応がない、ということが普通ではないのだと思い始めて少し。
とはいえ反応を返してくれることを期待せずにはいられず、また反応がないのは何故なのかと調べることも出来ない。
文献はないため、会って話を聞くことになるのだがそうすれば相手を消してしまうのだ。
相談相手は反応のない幼子だけ。
自分の身に起こったことすらわからないセルカは、ただ繰り返し幼子に話しかけることしかできない。
少しずつ幼子も大きくなり──少年の域に達したころ、彼らは闇に住まうのだとセルカはようやく理解し始めていた。
ここに居るのは全て闇に住まう人々で、セルカの光を見ると消えてしまうのだと。消えるだけで死ぬわけではないことは確認した。同じ相手を二度消してしまったこともあるからだ。
そしてセルカ自身は、一度会ってしまえば、消すことを望んでしまう、ということも自覚した。そのときは泣きたくなったものだ。
つまり、決定的に相容れない種族の居る場所に、セルカはいるのである。
同じような光を発する相手とも会えない。永遠の孤独。少年こそ共にいてくれるけれど、相変わらず反応はなく、多少の慰めにしかならない。
それでも、彼がいなければ狂ってしまっていたのではないか、とセルカは思った。
◇ ◇ ◇
「セルカさん」
「……何?」
「これからどこへ行きましょうか?」
「そうね……じゃあ、少し散歩してみる?」
「ああ、それは良い考えですね」
「……ねぇ、カルタ」
「ああ、何ですか、セルカさん」
「……その……」
「セルカさん?」
「貴方はこれからも、一緒にいてくれるのかしら」
「ああ、はい。勿論ですよ」
にこり、と微笑む彼に、かけがえのないものを感じるのに。
肝心の当人は分ってくれていないだろうというのが、もどかしい。
◇ ◇ ◇
──待ち望んでいた反応のはずだった。
少年が、セルカを見てにこり、と笑ったとき。
彼女はそれを待ち望んでいたはずだったのに、頭の中で警告のベルが鳴らされたのを聞いた。
光の本質を持ったこのと影響だろうか。
──これは、彼にとってよくないことだ。
そう、はっきりと分ったのだ。
だからセルカは少年を建物の外へと出して、分かれた。
寂しさは襲ってきて、すぐに連れ戻したくもなったけれど、遠くから見ていると普通に動き始めたのが見えて。
セルカの側では、子供は動けないのだと理解した。
去り行く少年を見送り、また一人になって。
それでもかまわないと思った。自分の側にいさせてはいけないのだと。
ただし孤独には耐えることができず、よく子供を連れてきてしまっていたのだが。
その場合も、長い時間共にいないように気を配り──彼らが変わらないようにと。
こうして、最初の少年だけが、セルカに笑いかけたのだった。
その少年──カルタカルテとは、しばらく立った後にまた再会し、助けてもらうことになる。
だがそれは知らぬまま、セルカは一度の微笑と僅かな間の子供達との出会いを通じて、孤独を癒し生きてきたのだった。
◇ ◇ ◇
「私、好きだわ、カルタのこと」
「ありがとうございます。私も好きですよ」
セルカは軽い口調で告白し、カルタカルテは微笑みながら頷く。意図がすれ違っていることは明確で、だがちゃんというには勇気がなかった。
こんなに解かり易く言っている(つもり)なのに気づいてくれないことがもどかしくて。
ただ、こういう生活も良いのではないかな、と今は思っていたりする。
──そんな、一人の女性と一人の幼子の結末。