鳥の鳴き声で目が覚めた。住処としている洞窟の入口には既に日の光が差し込み始めており、いつも鍛錬をしている早朝は過ぎてしまったことを知る。
冷たい石の地面に引いた藁の寝床から起き上がり、ティナはまだぼんやりとした頭で辺りを見回した。
「フクロウ、起こしてくれなかったですかー?」
問いへの答えは静寂だ。目を擦っていたティナは、ようやく己の口にしたことに気づき、苦笑する。その笑みは昔の彼女にはなかったものだ。
フクロウ──ティナの連れていた使い魔の梟──とは幼いころからずっと一緒に暮らしてきた。
森でであって使い魔契約をしてから、本当の意味で離れたことはない。
故郷への手紙の配達や緊急の連絡、ティナの戦闘などで分かれたことはあったが、常につながりはあった。
心に紐がついて、引けばフクロウに通じるような感覚。本当に幼いころに契約を行なったティナにとって、それは当たり前の感覚だった。
『ティナ嬢、食事の時間だと母殿が』
『二時の方角に獣』
『そちらでは遠回りになる。こちらだ』
『待てこんなところで水に飛び込むな!!』
常に一緒にいて、色々なことを任せていた。連絡や情報の整理、偵察や地図の見方、常識や周りとの付き合い方など、ティナができないことをフクロウは引きうけており、それが当たり前だった。
だからティナは指示のとおりに進み、棒をふるって敵を倒すだけでよかったのだ。
しかし、フクロウはもう側にはいない。
心についていた紐は切れてしまって、失った感覚は消えない。
寝過ごした日の朝は、フクロウが起こしてくれていた。
行きたい場所への行き方はフクロウが知っていた。
どう話し、どう情報をまとめ、どう動けばいいかはフクロウが指示してくれていた。
フクロウさえいれば、それだけで十分だった。
「なれないとダメですよー」
呟いてから、ティナは魚の燻製を戸棚から出し、かじりつく。
今日はどうしてもやらなければならない予定は入っていない。だから普通におきて、鍛錬をしようと思っていたのだが、最初から予定が狂ってしまった。
「うーん……しかたないですねー。今日は図書館に行かないで鍛錬……それとも逆ですかー?」
少し遅めの朝食を済ませながら、予定を組み立てなおす。どちらがいいのか、と悩み始めればさっぱり決まらない。
ティナは側においていたぬいぐるみ──なんちゃって使い魔。使い魔の姿をしたぬいぐるみのようなもの、だ──を手につけて、羽をパタパタさせた。
梟の姿をしたそれと顔を合わせつつ、精一杯考える。
「こういうときフクロウは──……
『今日の鍛錬は森のほうでだったですよー。ご飯もついでにほしいと思ってたですよー。今日の図書館は本を返すつもりだったですよー。それからまた借りるですよー』
あ、そうです。本を返すです。図書館ですね」
なん使を使った一人芝居。それを済ませて、ティナは一つ頷いた。棚の中へしまいこんでいた本をカバンへと移す。
「他は……買い物するかもですから、お金がいるです。お金は……確か……」
ごそごそとカバンの中を漁って四つ折りにされた紙を取り出した。開き、内容に目を通す。
「『武器さんと防具さんを買うなら1万G、食器とか日常使うものを買うなら5000Gぐらい、ご飯を買うなら1000Gで十分……』ですね! じゃあ、1000G持っていくです」
何度も確認し、頷きながらカバンへ必要なものをつめる。ティナが洞窟を出たころには既に日は頭上に見えていた。
「目指せ、図書館ですよー。道場とか喧嘩に寄り道はダメです。えっと、時間がなくなるからです」
真っ直ぐ図書館へとティナは向い──結局、閉館まで図書館で本を読んでいた。
「これ貸して下さいですよー」
「はい、名前と住所をお願いしますね」
「名前と住所ですねー。ティアリナ・ウィーニ、南の森……」
本を大切にカバンにつめて、商店街へと向う。既に辺りは暗く……ほとんどの店はしまっていた。
「あれ? しまっているです?」
しばらく店の前で首を傾げ、辺りも見回して首をかしげる。
持ち歩いているなん使を取り出して尋ねるが、勿論答えがティナの中になければなん使は答えることもない。
「うーん……あ、皆お休みの日だったのかもです。じゃあ、こけそびれ亭もしまってるです?」
ようやくたどり着いた答えに新たな疑問が浮かび、同時に感じた空腹感に腹を押さえた。とりあえず行ってみるですよー、となん使に話しかけ、こけそびれ亭へと向う。
普通にこけそびれ亭は開いていた。食事を頼み、ついでにマスターに尋ねてみれば、もう閉店しただけだろうと教えられる。
「閉店です??」
「ああ、活動時間というか……ないものねだり屋だとか、酒場、冒険者経営の店とか、夜開いてる店もあるが、普通の店は夕方にはもう閉まるんだ」
「はー、そうだったですかー。じゃあもうしまってたですねー。えっと……行くのが遅すぎたですね」
「そうだな。というか、今まで知らなかったのか……」
驚いた様子のマスターに、焼き魚をほおばりながらティナは頷いた。
「ひままでふふほー……いままでは、フクロウが気をつけてくれてたですよー」
口に物をいれたまま話そうとして、途中でちゃんと飲み込む。ティナの言葉にマスターが少し眉を下げ、そうか、と言った。
マスターもフクロウがいなくなったことは知っている。
依頼中の不幸、と言えばいいのだろうか。フクロウはティナを狙う敵に狙われることになり、命を落としたのだ。
その直前、どうやってかはわからないが使い魔契約を破棄していったのだという。そのために、ティナは助かったのだと。
フクロウは完全に死んだわけではなく、精霊の眷属というものになって生きているらしい。だが姿は変わり、ティナの側にもいることができなくなった。
それから、ティナがどう頑張ってきたかも、マスターは知っている。
慣れない中で金銭を管理し、積極的に依頼を受け、暇なときは図書館で学ぶ。
フクロウがいなくなった状態で生きていかなければならない。心配させたくはない、と。
「ごちそうさまですよー。よし、次からは気をつけるですー」
しっかりと食事の代金をカウンターへ置く。さらにお金を置いて、食材を少し分けてもらうことも忘れない。
明日の朝だけのものは最低限確保して、ティナは帰路に着いた。
すっかり暗くなった森を進む彼女の手にはカンテラがある。夜目が利き、夜道を先導してくれたフクロウはいない。普段持ち歩いていなかった明かりを、ティナは持つようになった。
フクロウがいなくなっても、少しずつ生活できるようになっていく。
「ただいまですよー」
にこにこと上機嫌で洞窟にたどり着いた。本をしっかりと引き出しにしまい、譲ってもらった食材も安全な場所へおく。
「今日はもう寝るですよー。ね、フクちゃん」
なん使に話しかけ、藁を整える。埋もれるようにもぐり込めば暖かい。
「……フクロウ、今日も私はがんばったですよー」
うとうととしながら、そう呟いて……すぐに本格的な寝息が聞こえはじめた。
そういうときに見る夢はフクロウの夢だ。
肩に乗られる感覚、抱き締める感覚、頭を撫でて──……。
いなくなったことが平気なわけではなかった。
いなくなっても生きていけるように、心配しないように努力しているだけ。
一緒にいて、触っていたころが懐かしい。
──あのぬくもりが、恋しい。
そうなのだ、とティナは意識していないのだけれど。