ユーンは20歳になった。だが相変わらず何も変わらない。変わらなくても努力し続けることしかできずに、ユーンは繰り返し繰り返し鍛錬を続ける。
いつもの通りに誕生日のお祝いが開かれたけれど、それもどこか色がなかった。
シィリアーズとは別れていたから、去年とは少しメンバーが違う。スオとも少しだけ距離が開いていた。
(これも、俺が弱いからだ)
鍛錬の内容を増やしても増やしても、疲労ばかりが濃くなる。だがユーンは少しずつ増やしていくしかない。
もう誰も何も言ってこない。ただ遠くから心配するように見るだけだ。
(強くなったらそれもなくなる)
心配されることもなくなる。
仕事の後、ユーンはいつものように剣を取った。自分の家──長屋というか貸家だけれど──の小さな庭に立ち、昔教えられたように構える。何度振るっても納得行くような形にはならない。ただ、がむしゃらに振り回していく。
すぐに切っ先が下がるようになった。息が切れて、汗が噴出す。終いには納得がいかなくなって、苛立たしい気持ちに任せて剣を投げつけた。
弾む息を整えながらその場にしゃがみ込む。
そして息が整った頃に立ち上がり、剣を取りまた同じようにはじめるのだ。いつもそうやって、続けていく。
だが、今日は。
「ユーン」
かけられた声に、しゃがんだまま顔をあげた。ディッファがいつの間にかそこに立っている。
ユーンは立ち上がり、さりげなく剣を取った。
「うちに来るなんて珍しいな」
「話があるんだ」
そう言ったディッファの顔はとても真剣で。ユーンは鍛錬を続けることを諦めた。片手で家を示し、中に向かう。
「入れ。中で話そう」
部屋に通して、お茶を置く。ユーンもお茶を飲みながら、ディッファの向いに座った。
「で、何だ、話って」
何やら固まっているディッファにユーンが尋ねると、彼はますます肩を聳やかした。普段、躊躇するようなことの少ないディッファにしては珍しい。
黙ったままユーンは待つ。少なくない時間が経って、ようやくディッファは口を開いた。
「……スオと何かあっただろ?」
唐突な話題にユーンは目を瞬く。
「何か、って?」
「いや……なんか、依頼中にぎこちない気が……。あ、気のせいだったらいいんだけどな!」
慌ててディッファが声を上げた。
普段、言葉にならないことを察するのはスオとユーンに任せているディッファである。自信など欠片もないらしく、汗をだらだらと流している。
これまた珍しいディッファの姿に、ユーンは困ったように頬をかいた。
「まぁ、確かに少しぎこちないかもな」
「だ、だろ。ずっとこのまま、ってことにならないだろうな?」
「それはないよ。……今は少し、気まずいだけだ。その内治る」
事情は話さないまま、きっぱりとディッファに言う。するとディッファは「ならいい」とほっとした様子で笑った。
そして、ユーンを見て。
「お前がずっと努力してるのは、オレが一回やられたからか?」
先ほどとは違い、単刀直入にはっきり尋ねられた。ディッファの目はやはり真剣そのもので、今までの話題は前ふりだったのだと知る。
ユーンは目を見開いて友を見、苦笑した。
「違う。強くなりたいって思っただけだ」
「そう思ったのはオレがやられたからだろ?」
「違うよ」
正確には、ユーンの所為でディッファがやられたから、だ。だが言うのは憚られて(否定されるのはわかりきっている)、心の中だけで付け足す。
ユーンの言葉にディッファは信じられない、というように頭を振った。
「オレはもっと強くなる。やられないぐらい強くなる。だから、お前は無理すんな」
「無理してない」
「してるだろ。倒れるぐらい鍛錬して……それで結果が出たのか? 出てないだろ」
歯を食いしばったまま、本当のことを口にする。
その言葉にユーンは剣で心臓をつらぬかれたような感覚を覚え、それでも静かに言葉を返した。
「結果は出す」
「……ユーン、何でそんなに焦ってるんだ」
「焦ってない」
「焦ってるだろ!! 余裕ないぞお前。結果でないのに繰り返すなんて、お前らしくない」
「結果は出さなきゃいけないんだ!」
互いに叫び、ディッファが眉を下げる。
「何になろうとしてんだ。何になりたいんだっ」
「俺は……」
「お前はお前だろ。それを見失ったらダメだろ! そんなに……そんなに焦んなよ!!」
ディッファの言葉を、ユーンは妙に冷めた頭で聞いた。シィリアーズとのときにも同じように思った。けれど、今はそのときより強く、強く、心が湧き出す。
結果が出ない。
そのことをどう思っているのか。
それでもどうして鍛錬を続けているのか。
何もわかっていない。
「よく……よく、そんな軽々しく言えるよな……。何もわかってないくせに」
気づけば言葉が滑り出す。冷めていた頭に一気に血が上って沸騰した。ユーンは立ち上がり、思ったことをそのまま口に出す。何を言っているか、なんて考えることもできなかった。
「俺は俺なのが嫌なんだよ!!!!!! こんな弱い自分が嫌だ。誰かに守られてばかりな自分が嫌だ! 俺は俺であることが嫌なんだ!!!!」
噛み付くように叫んで。ディッファは目を見開いたまま、ユーンを見上げている。
「何もわかってない!! 俺がどんな気持ちだったかなんてわかってない! いいよな、強い奴は。強くなれる奴は!! ずっと羨ましかった。羨ましかったんだよ!
お前はお前だ? ああ、そうだな。俺は俺だ。俺にしかなれない。強くなれない。弱い俺を見て、嗤ってたんだろ!! 守って、優越感に浸ってたんだろ!!」
叫ぶだけ叫び、手当たり次第に物を投げた。何個かは当っていただろう。だがディッファは呆然としている。
やがて、ユーンは視線を落とした。
「……俺は俺でいちゃいけないんだよ」
ぽつりとそう漏らして。
「ユー……ン」
震える声でディッファがユーンに声を掛ける。困ったような……傷ついた顔で、話しかけた。だがユーンはそれを遮って、声を発する。
「出てってくれ。一人にしてくれよ……」
話なんて、したくなかった。
「出てけよ! 同情なんて必要ない。お前らの言葉なんていらない!!! 必要なのは力なんだ。出てけ。出てけよ!!!!」
ユーンは無理矢理に家から追い出し、乱暴に扉を閉める。ディッファが何か言っていたが、それは聞かなかった。
急に涙が出そうになり、ユーンは額をドアにつけた。扉の向こうもそのうち静かになって、ディッファが去っていったことを知る。
「何やってんだ……」
どうしてこうなってしまったのかわからなかった。もう、どうすればいいのかもわからなかった。
もう何も考えたくなかった。
傷つけたかったわけじゃない。
酷いことをいいたかったわけじゃない。
ただ弱いままの自分が嫌だっただけ。
また自分のせいで怪我する誰かが出ることが怖かっただけ。
けれど、もうどうすればいいかもわからず。
(俺は、みんなの側にいちゃいけない)
それだけをぼんやりと思い、ユーンはその夜、荷物をまとめて家を、故郷を飛び出した。
その先にある出会いを。
変化を。
彼はまだ知らない。