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 誰しも、ある程度は誰かの背中を見て育つ。ルード家の兄弟の場合、それは父親だ。
 父親──トールリス・ルード。兄弟が生まれた地、カイヌスにて冒険者として財を成した。実力は認められており、ルード家を有名にした一因と言ってもいい。
 そんな父親を見て、長男であるシーンリス・ルードはすくすくと成長した。4歳で次男が生まれるころには、既にトールの子である雰囲気を見せ始めていた──……。

 それから7年が経ち、シーンは弟であるユーンリス・ルードと対峙していた。
 二人の兄弟の手には木の枝が握られており、もう一方の手には薄い木の皮で作られた盾を身に着けている。
 少し離れた場所では簡素な服を着たトールが静かにその様子を見守っている。
 シーンは堂々と枝を構えた。その姿は様になっている。体格も他の同い年の子供より大きい。一方、ユーンは4歳の差があるにしても、シーンより大分小さく、少したどたどしく枝を構えた。
 打って出たのはシーンのほうだった。ユーンの反応を許さず、ユーンの手を狙って枝を振るう。それをユーンは咄嗟に小さな体でかわし──だがやがて、枝を飛ばされることになった。ユーンはシーンに向けて枝を振るえなかったのである。
 枝がぽとり、と地面に落ち、「そこまで!」とトールの声が響く。
「よっしゃあー!」
 シーンがまだ高い声でガッツポーズをした。と同時に、近づいていたトールの拳骨が頭に落ちる。シーンはぐえ、と短い悲鳴を上げ、頭を抑えながらと父親を見上げた。
「ユーンの稽古だと言っただろう。お前が全力出してどうするんだ」
「あ、そっか」
 難しい顔の父親に言われれば、納得したようにシーンが頷く。
「……だからってなぐることないだろー!」
 それから一拍遅れて不満の声を上げれば、既にトールはユーンのほうへ言ってしまっていた。シーンは少しムッとしながらも、自分の飛ばしたユーンの枝を拾う。そうして、二人のほうに歩いていった。
 近づけば、ユーンは俯いたまま黙り込んでいる。トールが困ったように慰めの言葉──シーンはお兄ちゃんなんだから当たり前だろ、思いっきりやられてこわかったのか? などといったもの──をかけた。だがユーンは首を振るばかりで何も言おうとしない。
 その様子を見ていると、なんだか申し訳ない気分になって、シーンは枝を持ったままユーンに近づいた。枝を差し出す。
「ほらよ。ごめんな、弾き飛ばしちゃって」
 ユーンはまた首を横に降った。さっきよりずっと表情は見え易いはずなのに、見えない。シーンは何とはなしに──少なくともこのときは──ひょい、とユーンの顔を覗き込んだ。そして、黙り込む。
 目に一杯の涙をためて、けれど泣くのをこらえている弟の姿。シーンは困ったように父親を見上げた。だが父親自身もシーンそっくりの顔でユーンを見ているだけだ。やがて、ユーンの頭を撫で始めるまでは。
 広くて大きな手のひらで、トールはユーンの頭を撫でた。
 それを合図にしたかのように、ぽろぽろと、涙が零れ落ちていく。それを見ているとシーンも悲しい気持ちで一杯になり──……
「……ユーン、ごめんな」
 もう一度、心から弟に謝った。何に対して、謝っているかはわからなかったのだが。
 今やユーンは、声を上げて泣いていた。その周りで、父親と兄は側にいることしかできなかった。

 見て育った背中に、届かないと悟ってしまったとき。どうにもならないのだと、幼いながらに悟ったとき、見えていた道は、途切れてしまった。
 そのことが、どうしようもなく恐ろしかった。

05:先が見えない


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